2017年05月14日

初めてのチェンソーアート体験

いつも【江津ふれあいマルシェ】や【里山美術展】で実演していただいている、チェンソーアート田中章さんから「チェンソーアート体験をするから来ませんか〜?」とお誘いいただき、喜んで!(笑)参加してきました\(^o^)/
ちなみに田中さんは鹿本森林組合にお勤めです。

チェンソーアート体験(1) チェンソーアート体験(2)

場所は、鹿本町内田にある【森遊夢楽(しんゆうむら)】。
内田はよく通る場所なんですが、こういうところがあるとは知りませんでした!
林に囲まれて好い雰囲気です。テラスにはハンモックがあるし、お子様にブランコをササっと作ってあげてる方(空師だそうです)も。そっちも楽しそう〜♪
帰りには野いちごを穫らせてもらっちゃいました(笑)

※高さ20m超の木に登って、枝おろしや伐採をする職人を空師≠ニいいます。

チェンソーアート体験(3) チェンソーアート体験(4)

そんな誘惑いっぱいな中、人生初のチェンソーアートに挑戦です。
山に住んでいるのに、チェンソーどころか草刈機(刈払機)すら扱ったことはありません。
「まずは、小さな丸太を切るところから」とか想像していたら、いきなりチェンソーアート用の大きな丸太を切ることに!!Σ(°ロ°;)
初心者はわたしと、八代から参加の林業女子の2名のみ。が、がんばるぞ!

まずは田中さんがお手本を見せてくれます。
「最初はどうしても押し付けて切ろうとするから、チェンソーの重さで切るくらいのつもりで」
いつもチェンソーアート実演を見てるけど、片手で「軽〜く」切ってたりするから「チェンソーって切れるんだな」くらいにしか思ってなかったけど、いざやってみたら大変!

まず重い!(5kgくらい)←そこからかい
持ち上げて、所定の位置に構えて作動!「ギャリッ」刃先がブレる!(T△T)
刃が回転する威力に腕力が負けてしまうのです。
しっかり持ち直して脇を締めて、今度は気持ちスロットルレバーを軽めに引く。この指先の加減も難しい。力が入ると、ついついグっと引いてしまって「ブァーーーーン!!」って回転して、こっちが押し出される感じ。

・・・伝わりますかね?(;つД`)

チェンソーアート体験(5) チェンソーアート体験(6)

なんということでしょう。真っすぐ切り下ろすことすらできん(。。;)))
目測するカンも育ってないから、四隅を切り落とす際の「ここまで」というラインにも差が生じる。ガッタガタ。(黒いチョークのようなものでアタリはつけてあります)

まず四隅を真っすぐ切り落として四角い柱状態にしてから、斜めに切る予定が、1回で斜めに(;つД`)
手間が省けたとか、そういう場合ではない。練習も兼ねて、ちゃんと順番通りにやりたかったのに〜。

4本の柱を大きさも角度も均等に切りそろえます。難しいだろうなと思って大きめに切ったつもりが、そーでもない。
揃えようとしてどんどん削られ、真ん中の底部はチェンソーの刃を寝かせて切ったから、柱まで削っちまった。ここを切りそろえようとして、また角度とか考えながら削っていったら柱が細〜〜〜くなりそうな予感がしたので、この切り込みは見なかったことに(´ー`)

写真:右=参加者のお子さんも挑戦! 椅子に背もたれまである〜!

チェンソーアート体験(7) チェンソーアート体験(8)

ほかの参加者さんは常連さんが多くて、クマさんとかニャンコとか難易度の高いものを彫っています。
チェンソーをずっと持っていると腕が疲れるし、振動や騒音で(ヘッドフォンしていても)耳がワンワンなるので、たまに手を休めて見学。
今回わたしは刃が細長いタイプのチェンソーのみで切っていますが、慣れてる方々は場所によって使い分けています。

お昼休憩を挟んで、やっと完成したのがこちら! 椅子でした〜(*´▽`*)
途中経過の写真がなくてすみません(笑)
カドに丸みをつけたり、座る部分はゆるく凹ませたり、自分なりに工夫しました!

チェンソーアート体験(9) チェンソーアート体験(10)

写真:左=親子合作は、椅子2パターン。丸太に凹みを削って背もたれ板をドッキングするというアイデアも素晴らしい!

写真:右=作業風景。右側手前の方が彫っているのがニャンコ。シッポの曲線も難易度が高いけど、本体から浮かせてあるのも凄い。ちょっとした手違いで「チュイン」って切ってしまいそうで、なかなかこういうデザインには辿り着かない。

チェンソーアート体験(11) チェンソーアート体験(12)

写真:左=最後に田中さんも製作。30分くらいで「SMILE」の文字が浮かび上がりました。さすが!

写真:右=田中さんはチェンソーアートにダンスを融合させたチェンソーアートショーを展開中で、ダンス教室に通っています。そこで習ったポーズをみんなで真似して記念撮影(笑)
※写真は田中さんのFacebookから拝借しました

足掛け5時間、あっという間でした!
「切る」ことに精一杯で「彫る」まで行き着かなかったので、またやりたいな〜。

下手なせいか、かなり木屑を浴びました。ポケットの中まで入ってた(笑)
カーバー(チェンソーアーティスト)は、この木屑が飛ぶ様まで自由自在に魅せる≠だよなぁ。
体験してからチェンソーアートを見ると印象がだいぶ変わりますね。

体験の際は、暑さ対策もかねて帽子と、首にはタオル、上着はポリエステルなど手で払ってすぐ落ちるような素材がいいと思います。ズボンの上から重ねる防護衣とヘッドフォンは貸してくれます。
滑り止めつきの軍手、あと敏感な方はマスクやゴーグルもあるといいかも。
木屑は最後にエアーコンプレッサーで吹き飛ばします。

簡易トイレはありますが壊れているので(´▽`;)、お買い物がてら近くのコンビニまで行くことになります。
駐車場は普通車5〜6台くらいかな。

田中章さんのチェンソーアート体験は不定期開催です。
貸し出し装備の数に限りがあるため定員は5名程度。参加費は、なんと1,000円! それで1人につき丸太1本ですから破格です。
9〜15時まで、間にお昼休憩1時間。とはいえ、けっこうマッタリのんびりムードで、ユル〜い感じです(笑)わたしも10時過ぎから参加したし。

詳しくは、田中章さんの公式Facebookまでお問い合わせください♪

撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)

山小屋(フクロウ)

*後日談*
この椅子は【里山美術展】(2017年05月07日【写真で綴る里山美術展2017】)で購入した田中さん作フクロウさんの台になりました♪




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posted by しう@SOTO at 23:01 | TrackBack(0) | ものづくり

2017年05月12日

古墳めぐり〜福岡・八女丘陵古墳群(後編)

古墳に興味のない方もいると思いますが(笑)後編です!
わたし自身、そんな古墳マニアというわけではないし見聞きしたことを忘れちゃったりもします。
歴史を感じる、確かに古代の人たちがここで営んでいたんだという遺跡、それを目の当たりにすると連綿と受け継がれて来た、繋がっているんだという実感が湧くのが好きなんです。
「へ〜、こんなとこがあるんだな」という足がかりになれれば幸いです。

丸山塚古墳(1) 丸山塚古墳(2)

国指定史跡/円墳【丸山塚古墳】(GoogleMap
公園として綺麗に整備されていて、駐車場とトイレもあります。しかも周囲には桜が植えられていて絶好のお花見スポットです!(主旨が変わった/笑)

埋葬施設は両袖型横穴式石室で、全長8mを測り南に開口する。
乗場古墳と同様、前室と後室に分かれた複室構造で、腰石に大きな石材を用い、上部には扁平の石材を用い割石積みをし、ドーム状に積み上げている。
また、奥壁や玄室・前室の袖石には赤・黄・緑の三色により三角文・円文・蕨手文が描かれている。
石室は保存のため調査後に埋め戻され、現在入ることは出来ません。

丸山塚古墳 (八女市) - Wikipedia

善蔵塚古墳(1) 善蔵塚古墳(2)

国指定史跡/前方後円墳【善蔵塚古墳】(GoogleMap)駐車場もトイレもなし。

老人ホームの隣に位置する、一見、何の変哲もない“小高い丘”なんですが、八女古墳群における有力古墳であり、岩戸山古墳、石人山古墳に次ぎ第3位の規模。
墳長約95m、前方部を西に向け、後円部二段、後円部二段に築成されています。

表採された円筒埴輪などから、六世紀前半から中頃に造営されたと考えられています。
今でも探せば円筒埴輪の欠片が見つかりますよ。

善蔵塚古墳 - Wikipedia

乗場古墳(1) 乗場古墳(2)

国指定史跡/前方後円墳【乗場古墳】(GoogleMap
福島高校の目の前にあります。駐車場もトイレもなし。

江戸時代、久留米藩の学者であった矢野一貞が著した「筑後将士軍談」の中に「吉田村奈良山」の名で登場し、石人残欠が存在していたこと、岩戸山古墳同様に周濠・周堤があったことが記されています。

後円部の南側には複室構造の横穴式石室入口があり、室内部には赤・黄・青の3色を使った三角文や同心円文などの文様が描かれていますが、保護のため現在は閉鎖されて中を見ることはできません。

乗場古墳 - Wikipedia

茶臼塚古墳(1) 茶臼塚古墳(2)

国指定史跡/円墳【茶臼塚古墳】(GoogleMap

ここも空き地と見まごう“小高い丘”。駐車場もトイレもなし。でも国指定史跡!

周囲の様子から周濠・周堤が存在した可能性もあるけど、はっきりしないうえに盗掘が激しく、墳丘中央部が陥没しており内部主体は不明。横穴式石室であったと考えられています。

茶臼塚古墳 (八女市) - Wikipedia

鶴見山古墳(1) 鶴見山古墳(2)

前方後円墳【鶴見山古墳】(GoogleMap
駐車場もトイレもなし。農道っぽい狭い道筋にあり、看板も目立たないため気づきにくいです。

鶴見山古墳が造営されたのは、出土品や石室構造から6世紀中頃と考えられています。
この時期は筑紫君磐井の次世代に当たり、被葬者は磐井の子「葛子」である可能性があるらしい。乗場古墳にも葛子の墓説が書いてあったな。
ここから出土した武装石人は国の重要文化財に指定されています。

鶴見山古墳 - Wikipedia

鶴見山古墳(3) 鶴見山古墳(4)

鶴見山古墳の天井石は江戸時代に抜き取られ、現在は八女公園内に戦没者慰霊碑として残されているらしい。
なんというリサイクル。

古墳の前方部は梨園として削り取られてしまっていました。国指定史跡じゃないからというのもあるけど、こういうのは、よくある光景です。
今、生きてる人間の方が大事。こんな遺跡でメシが食えるか!ってね。それはそれで、歴史の一部でもあります。

でも、ちゃんと整備する方がいるから、こうして形がわかるんですよね。じゃなきゃ、雑草やら竹やら木が生えちゃったりして埋もれてしまいます。
名が知れていないであろう古墳をわざわざ見に来るという人は珍しいようで、近くで作業していた方が「あそこは見たか?」「道が狭いから気をつけてな」など、親切にしてくれました。

八女古墳群自然遊歩道案内板 八女古墳群自然遊歩道?

写真:左=こんな立派な案内板があるのに、それらしき古墳がまったく見当たらない。看板は、これ1つ。

周辺は、春真っ盛りの長閑(のどか)な風景。地形や巨木などを見て「あのへんか?」と思うけど、人様の農地を横切るわけにはいかない。白い花を咲かせているのは梨かな?

八女古墳群自然遊歩道はオルレのコースになっているようで、目印のリボンが小枝に下がっていたりするんだけど、古墳に辿り着かない。
「あの木があやしいな」「あやしい!」「う〜ん、違ったか」などと、コントみたいなやりとりをしながら探し歩く(笑)

釘崎古墳(1) 釘崎古墳(2)

少し高いところにお宮のようなものがあり、ひょっとして?と登っていくと・・・どうやらビンゴ!?
これが釘崎4号墳かな?

この石碑には梵字のようなものが刻まれていますが、元は石棺の蓋かも知れません。
床には変わった形の瓦が保管?されていて、神社かお寺があったものと想像されます。お宮の脇に庚申塔も建っていました。

でも看板が何も建ってなかったので、違うのかも(´Д`;)

一念寺 遊歩道?

写真:左=赤穂四十七士のひとり、寺坂吉右衛門の墓がある一念寺。

地図を見ながら、次の釘崎古墳を探すものの、まったくどこだか分からずウロウロ。道を聞こうにも、誰にも会わないし。
頼りは【八女市岩戸山歴史交流館 いわいの郷】でもらった八女丘陵古墳マップただひとつ!

釘崎古墳(3) 釘崎古墳(4)

「あそこ、ちょっと丘になっててあやしいな」
「あの木もあやしいですね」(木があやしいって・・・)

そこへ続く道がなくて、あっちから、こっちからと攻めて行くものの最終的にはヤブをかき分け進み・・・
前日は雨だったので滑りやすく、わたしもKさんも転んでしまい泥だらけに(;つД`)

「あっ! やっぱり、ここが古墳だ!」

たぶん【釘崎1号墳】。看板はありません。当然?WikipediaもGoogleMapにも載ってません。

豊福地区に所在する、円墳8基・前方後円墳4基からなる古墳群です。八女古墳群中、最も前方後円墳が密集している古墳群で1号墳、2号墳、3号墳(現在は消滅)はこれまでに発掘調査が行われています。
3号古墳からは鏡や太刀、馬具と共に多量の鉄鏃(鉄の矢じり)が出土しており、被葬者は武人的性格の強い人物であったと想像できます。
11号古墳(円墳)は赤色の円文(丸い紋様)をもつ装飾古墳であることが確認されています。

釘崎古墳群/八女市ホームページより

他の●号古墳もまったく見つからなかったんだけど、位置的に「あそこかな?」という場所がありました。たぶん丘を削って平らにして畑にしてしまったのではないでしょうか。

立山山20号古墳(1) 立山山20号古墳(2)

立山山古墳群のひとつ、【立山山20号古墳(尾崎古墳)】(GoogleMap

誤字ではありません、たてやまやま古墳。駐車場もトイレもなし。

写真:左=来てみてビックリ、人様の家の真っ隣! この道路も古墳を削ってできたと思われます。かつては右側の竹林と繋がっていた模様。円墳なのかな。

「これは、登れんな〜」と残念そうなKさん。
古墳=お墓なので丘の上に登るのには抵抗があったんだけど、Kさんと古墳を廻っていて思ったのはどうやら古墳は登ってみないと見えないものがあるようだ。

写真:右=回り込んでみたら階段があった!

立山山20号古墳(3) 立山山20号古墳(4)

写真:左=古墳からの眺め。道路から見た限りでは、そう高くもないんだけど登ってみると遠くまで見渡せます。そして、今まで見て来た古墳との位置関係もよく判ります。

写真:右=登って来た石段、文字が刻まれてる。もしかして〜・・・墓石!?
逆さまだったりして文字を読むのは困難でしたが、神社やお寺の玉垣とか石碑とかかな。
石を運ぶのは大仕事だし四角に加工するのも大変だから、こうした再利用はよくあることなんだそうです。

丸山古墳(1) 丸山古墳(2)

立山山古墳群のひとつ、国指定史跡/立山山1号墳【丸山古墳】(GoogleMap

公園として整備されています。駐車場とトイレあり。休憩所(東屋)もあります。

八女古墳群の最も東に位置する、墳丘長約55mの前方後円墳。
墳丘西側からは墓前祭祀に伴う須恵器の一群が出土し、その形成から5世紀末から6世紀初頭頃の古墳と考えられます。古墳の北側には立山山古墳群が展開していて、8号墳からはほぼ純金製の金製垂飾付耳飾が出土しています。

丸山古墳/八女市ホームページ

丸山古墳(4) 丸山古墳(3)

写真:左=この奥は納骨堂が建てられていて、やっぱり削られていました。
写真:右=古墳だらけ。地図を見て探してみたんですが、きちんと保存されていないようで見つけるのは困難。
時間も押し迫って来たので次へ急ぐことにしました。

前回、この後編でラストって書いたけど、入りきれませんでした!
次こそラスト、童男山古墳です。


撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



*関連する過去ブログ記事*
・2011年01月20日【菊池の史跡巡り『袈裟尾高塚古墳』
・2011年01月21日【菊池の史跡巡り『瀬戸口横穴群・瀬戸口横穴墓群』
・2011年08月03日【写真で綴る『和水町古墳祭』
・2017年02月14日【岩戸山古墳
・2017年02月23日【菊池の古墳・史跡めぐり
・2017年03月05日【トンカラリンと菅原神社
・2017年03月09日【菊池川流域の史跡・古墳めぐり
・2017年03月23日【菊池の史跡めぐり〜菊池一族ゆかりの地(前編)
・2017年03月25日【菊池の史跡めぐり〜菊池一族ゆかりの地(後編)
・2017年04月08日【熊本県内装飾古墳 春の一斉公開
・2017年05月11日【古墳めぐり〜福岡・八女丘陵古墳群(前編)

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タグ:歴史 史跡 古墳
posted by しう@SOTO at 16:49 | TrackBack(0) | 福岡

2017年05月11日

古墳めぐり〜福岡・八女丘陵古墳群(前編)

約2ヶ月ぶりの再訪となった【岩戸山古墳】、今回(2017年04月04日)はKさんと同行!\(^o^)/

岩戸山古墳(1) 岩戸山古墳(2)

古墳周辺の様子や【八女市岩戸山歴史交流館 いわいの郷】(入館無料)館内については前回の記事(2017年02月14日【岩戸山古墳】)を参照していただくとして、今回は北側に位置する【吉田大神宮】をメインにご紹介します。

岩戸山古墳(大神宮/1) 岩戸山古墳(大神宮/2)

4月初旬といえば例年なら満開もしくは散り始めの頃ですが、今年の桜は遅くて咲き始め。
鳥居から参道にかけて、お花見ができるようです。トイレもありました。(綺麗とは言い難い)

岩戸山古墳(大神宮/3) 岩戸山古墳(大神宮/4)

ずら−−−っと石仏が並んでいました!
昔は神仏習合だったのでしょうね。おそらく八十八ヶ所廻り風に古墳の周りに点々と置かれていたものを、ここに集めたのではないでしょうか。

岩戸山古墳(大神宮/5) 岩戸山古墳(大神宮/6)

こちらが吉田大神宮。見事な玉石積みの石垣!
こうした丸石の石積みは八女近郊でよく見かけます。(2017年01月19日【夜明という名の地区を守る志賀神社】など)

岩戸山古墳 - Wikipedia によると、現在は墳丘脇に鎮座していますが、古くは後円部墳頂に鎮座していたらしいです。古くっていつだろう??

岩戸山古墳(大神宮/7) 岩戸山古墳(大神宮/8)

後円部へ登って行くと、奥宮っぽいお社があり、そのお宮を正面に見て右側の墳頂には、クロキがご神木のように玉垣で囲われていました。
石碑には「大神宮■跡」の文字。なんて読むのか分からないけど、たぶんここが大神宮がもとあった場所ですね。古墳(筑紫君磐井墓)後円部墳頂だから、それはちょっとマズイんじゃないか〜って遷座したのかも。

この大神宮についての記述がなかなか見つからなくてネット検索していたら、福岡県八女にまつわる歴史、人物伝などを書いていらっしゃるブログがヒットしましたので、興味のある方はそちらをご参照ください。
善知鳥吉左の八女夜話〜夜話 788 岩戸山の大神宮奉納の歌巻〜
蛇足ですが、個人的に凄い人を見つけてしまった気持ちです(笑)


石人山古墳(1) 石人山古墳(2)

資料館で「八女丘陵古墳マップ」をいただき、続いては【石人山古墳】(国指定史跡)へ。岩戸山古墳の西側、直線距離で約4kmといったところです。
【広川町古墳公園資料館(こふんピア広川)】も入館無料!

石人山古墳 - Wikipedia

石人山古墳(3) 石人山古墳(4)

出土した様々な遺物、四獣鏡や銀象嵌柄頭、土器などが展示されています。
ゆっくり鑑賞し、いざ古墳へ。

石人山古墳(5) 石人山古墳(6)

紙垂(しで)が張られ「石人社」と木版を掲げた、物々しい雰囲気のコンクリ製の小屋には、武装石人が立っていました。
高さ約1.8m、三角板短甲と草摺をつけ、左脇には石刀を帯びるための抉り込みが見られます。
風化が激しいけど、その佇まいは堂々とした風格を放っています。

どうしてここまで風化したのかというと、その昔、手足や腰、肩などに痛みがある人が石人の同じ所を撫でると治ると信じられていたためなのだそうです。

【石人山古墳】の名は、この石人から名づけられたものです。この後に紹介する家型石棺から名づけられてもおかしくないのに、どこか頼もしさを感じる石人の存在感、また人々の信仰心が勝ったのでしょうか。
石人からは、誇らしげな氣が漂っています。

石人山古墳(7) 石人山古墳(8)

いよいよ、最古期の装飾古墳として名高い家型石棺へ。

写真:左=建物内部。石室は江戸時代に開口され天井部は失われたため、こうして補強してあります。
ドーム型の屋根の上の方に、落書きが!(相合い傘・・・)

写真:右=温度/湿度を計測する機械が置かれていました。

石人山古墳(9) 石人山古墳(10)

鉄格子の影が映ってしまうのが残念・・・。
とても立派な家型石棺には、直弧文や重圏文のレリーフがはっきりと残っています。よく見ると、色彩もうっすらと確認できます。

この石棺は、筑紫君磐井の祖父の墓と推定されていますが、果たして真相は?
そして筑紫君磐井の父は?

石人山古墳(11) 石人山古墳(桜)

写真:左=古墳の前方部から西へまっすぐ延びる道。この道はどこまで続くのか?Kさんと顔を見合わせて「やめておこう」(笑)

写真:右=石人山古墳周辺の桜は、ちょうど見頃でした! 誰も花見に来ないなんて〜穴場かも( ´艸`)

勾玉づくり

資料館で、Kさんが「勾玉づくりセット」を買ってくれました〜ヾ(*´▽`*)ノ
大500円、小300円。大はホントに大きくて直径6〜7cmはあったので、小さい方にしました。

ピンク色の方は、新潟県の胎内にある資料館で買ったもの。(2012年06月22日【道の駅『胎内』を満喫】)
まだ磨いている途中で放置してたのを思い出して(笑)一緒に磨きました。
石の名前は忘れてしまったけど、けっこう柔らかくて磨きやすいし楽しかったですよ♪

弘化谷古墳(1) 弘化谷古墳(2)

【弘化谷(こうかだに)古墳】は、石人山古墳から歩いて行けなくはない距離です。さっきの真っすぐな道は西側に延びていましたが、ここは東側なので反対側です。こちらにも駐車場とトイレがあります。

弘化谷古墳は円墳で、彩色壁画と彫刻文様が鮮やかに残っていることでも有名。もちろん国指定史跡。
1970年、果樹園造成中に偶然発見されたそうです。最近じゃないですか!

弘化谷古墳(3)

4月9日に内部公開だったのですが・・・わたしもKさんも予定があって、再訪は断念しました(T_T)
広川町古墳公園資料館にあったレプリカで我慢。

埋葬施設はやや胴張りのある横穴式石室で、片岩の割石が積み上げられ、内部には埋葬者を安置する石屋形が設置されていた。石屋形の奥壁や側壁には赤や緑色で円文・同心円文・三角文・双脚輪状文・靫が描かれている。古墳発見時に石室の3分の1は破壊されてしまったが、後に復元整備され、保存施設が建てられ壁画が保護されている。

注目されるのは、文様の中に「双脚輪状文」が存在することである。この文様は全国でも4例しか確認されておらず、非常に地域色の強いものである。また、同じく肥後系の内部施設である石屋形の存在も併せて、本古墳の被葬者と肥後地方との強い関わりが考えられる。

弘化谷古墳が造営された時期は、石室が単室であるなどの特徴から、八女市の丸山塚古墳よりもやや先行する6世紀中頃と推定されている。

弘化谷古墳 - Wikipediaより)


Kさんとの史跡めぐりは次がラスト、八女古墳群 後編です。

撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



*関連する過去ブログ記事*
・2011年01月20日【菊池の史跡巡り『袈裟尾高塚古墳』
・2011年01月21日【菊池の史跡巡り『瀬戸口横穴群・瀬戸口横穴墓群』
・2011年08月03日【写真で綴る『和水町古墳祭』
・2017年02月14日【岩戸山古墳
・2017年02月23日【菊池の古墳・史跡めぐり
・2017年03月05日【トンカラリンと菅原神社
・2017年03月09日【菊池川流域の史跡・古墳めぐり
・2017年03月23日【菊池の史跡めぐり〜菊池一族ゆかりの地(前編)
・2017年03月25日【菊池の史跡めぐり〜菊池一族ゆかりの地(後編)
・2017年04月08日【熊本県内装飾古墳 春の一斉公開


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