2020年09月14日

「こくんぞさん」の愛称で親しまれる四山神社

地元の方々からは親しみをこめて「虚空蔵(こくんぞ)さん」と呼ばれているという【四山(よつやま)神社】。
9月13日に例大祭「こくんぞさん祭り」が開催されるとFacebookつながりで知り、行ってきました!

四山神社(01)

例大祭は、毎年2月13日と9月13日に開催され、例年なら沿道に露店が立ち並び大賑わいらしいのですが、今年はコロナ禍ですので出店はなし。

四山神社(02)

「四山」の由来は、四つの山から成り立っているところから来ているそうです。
四山神社が鎮座する虚空蔵山(こくんぞさん)=笹原山(標高56m)、水道山=星穂山=小山、割山=境山=山ん神さん、二頭山=岩ん崎山=弘法さん山。
熊本と福岡にまたがっていることから、呼称・通称が複数あるのが面白いですね。

四山神社(03)

ってことでぇ〜、張り切って登りましょう!!!
約300段の石段が立ちはだかります。しかし、徒歩で行くしかないのです。

四山神社(04)

二の鳥居。額束には鳩と思われる鳥が配されています。

四山神社(05)

ゼーゼー言いながら休み休み、やっと境内に到着!
どうしたことか、手水舎には水が出ていませんでした…。

四山神社(06)

三の鳥居をくぐって、いよいよ参拝。
遠くからでも金色が眩しい五円玉の存在感よ!

四山神社(07)

四山神社の福銭五円は神様と金運にご縁があり、商売繁昌、縁結び、家庭円満にご利益があり、穴銭は望みが通るといわれています。
参拝者お一人に1枚無料でお貸し致します。神棚や財布におさめてご加護をいただいて下さい。
次のお礼参りに、倍額以上を添えて返していただき、また新しい福銭五円をお貸しするのがならわしになっています。(公式サイトより)

ご縁をくぐって参拝です。
御祭神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)。

四山神社(08)

アマビエ様のノボリが可愛い♪

四山神社(12)

四山神社に向かって左(西)側に鎮座するのは、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)をご祭神とする綿津見神社。
天慶7年(944)、筑後国神名帳に「大島の神」として公録され、 古来、大島に住み続けた人々、つまり古墳を築いた人々の時代から海運・漁業の守り神として信仰されてきたと伝えられています。
(大島とは地名です。今は埋め立てによって地続きになっていますが、昔は四ツ山=島だったのでしょうね。)

四山神社(13)

西側には有明海が一望できます。

四山神社(09)

参拝後、拝殿を左回りに歩いてみると…看板が。
何と、四ツ山は古墳だったんですね!!!Σ(°ロ°;)

四山神社(10)

玉垣御門の向こう側、本殿のすぐ傍にありました。

四山神社(11)

虚空蔵菩薩降臨の地と云われる、神殿玉垣内にある四山古墳は昭和25年5月に初めて調査が行われました。
数々の副葬品と祭祀遺跡が発見され、その歴史的意義と信仰の霊地であったことが明らかになりました。
四山古墳は6世紀後半の頃、海岸の巨石を運んで造営された横口式巨石墳です。出土された金環、勾玉、丸玉、馬具、武器、壺などの土器類を始め副葬品は社務所に保管されています。

四山神社(モンキアゲハ)

余談ですが境内にはアゲハチョウがたくさん飛んでいました!
こちらはモンキアゲハ。

四山神社(アオスジアゲハ)

2匹くっついたまま翔んでいるアオスジアゲハを発見!
つながったまま翔ぶなんてトンボみたい。初めて見ました。

四山神社(14)

狛犬様もマスク着用☆

来年も参拝できるか分からないので五円玉はお借りしませんでしたが、お神籤を引いたら大吉でしたぁ〜.。・:*:・°`☆、。・:*:・°`

四山神社(15)

境内を散策しながらの帰り道。手水舎の近くに、大吉稲荷神社が鎮座しておられました。
行きに気がつかなくてすみません…!

四山神社(16)

石段の参道の他にも二通りの道があります。
こちらは海達公子文学散歩道という名前がついていました。

海達公子|荒尾市

四山神社(17)

大師堂、ということは弘法大師をお祀りしているのでしょうね。
案内板などがないので詳細は不明です。

四山神社(18)

左は三池港灯台(通称:四山灯台)、右は慰霊塔。
荒尾空襲および戦没者を悼む慰霊塔には、鳩が羽ばたいていました。

四山神社(19)

灯台&慰霊塔からの眺め。眼下に町並みと荒尾干潟、有明海の向こうには雲仙普賢岳や多良岳までも見渡せました!

周辺は四山公園として、約300本を超える桜が植栽されています。
お花見の時期は賑わいそうですね。

四山神社(20)

行き(登り)には白い壁がチラっと見えていただけで「トイレかな」と思っていたら…
千手観世音堂でした! す、すみません…。
中には冷蔵庫やテーブル&椅子があり、崇敬者さんの憩いの場になっているのかな?という感じでした。

四山神社(21)

公式サイトに、「四山は古代より海運漁業の神(綿津見神社)を祭る霊山です」という一文がありました。
かつては、この四ツ山全体が霊山だったのでしょうね。その名残りが大師堂であり、これらの石仏なのだろうと想像します。

6世紀後半に造られたという古墳の主は誰だったのか。
「虚空蔵菩薩が降臨された」という伝説の出所は、その後なのか前なのか。

虚空蔵菩薩の化身・象徴は「明けの明星」。
「明けの明星」とくれば弘法大師 空海。真言密教→修験道→霊山という流れ?

仏教伝来は538年または552年とされている。
弘法大師は774年生まれ835年没。

そして延久2年(1070)菊池氏初代 菊池則隆がお堂を建立。慶長10年(1605)に加藤清正が再建。
その後、細川家の所領となり九曜の定紋幕を奉納し、細川九曜紋が四山神社の社紋に。
明治期の神仏分離により虚空蔵菩薩→造化三神(現在のご祭神)になった。

原初はどうだったのか、時とともにだいぶ流されてきたような感じがするけど、それも含めて悠久の歴史を体感しました。


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*近隣に関連する過去ブログ記事*
・2018年12月22日【松永日本刀剣鍛錬所を見学
・2019年01月08日【日本の産業革命を支えた三池炭鉱・万田坑
・2020年01月22日【荒尾の古道具のお店 ギャラリー時(とき)
・2020年09月13日【石造眼鏡橋・岩本橋


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posted by しう@SOTO at 00:00 | TrackBack(0) | 熊本

2020年09月13日

石造眼鏡橋・岩本橋

方向オンチのわたしはGoogleナビを頼りにして目的地まで何も考えず走ることがしばしば。
この日もそうやって荒尾へ向かう途中、ふと目についた「岩本橋」の看板に釣られて途中下車。

荒尾市まるごとマップ

隣接して直売所とトイレがあり、駐車場には観光案内板が建っていました。

余談ですが、野菜の価格が高騰している現在、この直売所でタマネギ3玉入り100円とかキャベツ1玉100円とか人参4〜5本入り100円とか、ついつい欲張って買い込んでしまいました!

岩本橋(1)

水害に遭ったようで、歩道と駐車場の一部が崩落しておりロープが張られています。

岩本橋(2)

石造眼鏡橋【岩本橋】(熊本県指定重要文化財建造物)。
熊本と福岡の県境を西に流れる井手川に架けられた二連アーチの石橋。
石材は、現・大牟田市櫟野(いちの)産 阿蘇溶結凝灰岩で、全長32.7m、幅3.4m、高さ7.4m。

↓以下、案内板より「石橋架橋までの歴史」
ここは、近世以前から肥後・筑後の国境をつなぐ三池往還という主要道路で、江戸時代には岩本番所が現在の橋の北側付近の台地に置かれ、明治2年(1869)の番所廃止まで人々の井手川通行を監視していた。
軍事的要因により、肥後藩から長く架橋(橋を架けること)は許されず、江戸時代の正保・元禄・天保期(17世紀中頃から18世紀中頃)の『肥後国絵図』が「此所歩渡り広拾四間」と記しているように、人々は川幅「拾四間」(25m余)を歩渡(かちわた)りしていた。川が豪雨で増水すると渡河できなくなって旅人は足止めとなり、地元の被害も大きいことから、石橋以前から仮土橋(木橋)架橋の許可の願いが藩に出されていた。天保4年(1833)8月、仮土橋の架橋の申上覚を提出して「是非々々」と切願し、後日、許可された。

現在の岩本橋についての史料は少ないが、同年春に石橋の架橋のために、寸志銭九貫三百目(現在の価格で約280万円か)を荒尾会所に収めた記録がある。さらに、群代手附横目役 前川十左衛門の功業を記した「町在」(永青文庫)によると、文久3年(1863)6月に石橋架橋が許可され、慶応4年(1868)4月までに完成した。史料には「速二成就」とあることから、着工してから2〜3年後には竣工していると推定される。仮に竣工を慶応2年(1866)とすれば、前述の地域住民が石橋の架橋を願って寸志銭を出してから、実に33年の月日を要したことになる。
石工については、一般的に欄干の菊花紋から皇居の二重橋を手がけた名工、八代郡東陽村の橋本勘五郎との話があるが根拠はなく、新たな史料の発見が待たれる。

荒尾市教育委員会(平成23年改訂)

岩本橋(3)

橋の欄干には八弁や十六弁の菊花紋など種々の装飾彫刻が施されているそうですが、気がつきませんでした…。
いつも案内板とかって写真を撮って「後で読もう」って安心しちゃって、帰ってから読んで「しまった、こんなことが…」って思うことが多いです。
長年、このブログを読んでくださっている方々は「コイツ、まただよ(笑)」って呆れていることでしょう。

岩本橋(5)

どちらかというと覆い被さる雑草や、ぶら下がるツタなんかに目がいってしまって。
綺麗に除草され管理されている姿もいいですが、こういう姿も物悲しさとか情緒があっていいものだなぁと。

岩本橋(4)

川床は公園として整備されており、平成3年に建設省の『ふるさと手づくり郷土賞』を受賞しています。

岩本橋(6)

今は災害の影響もあって除草作業など整備が追いついていないようですが、来春にはお花見などで賑わいを取り戻せるかな?


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・2018年12月22日【松永日本刀剣鍛錬所を見学
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タグ: 石橋
posted by しう@SOTO at 00:00 | TrackBack(0) | 熊本

2020年09月10日

約3ヶ月ぶりの投稿でございます…

ブログが放ったらかしになってしまって早や約3ヶ月…
もう誰も見にきてないだろうなと思いながら、コントロールパネルを開いてみたら…

前と変わらない、いや日によってはむしろ多いくらいのPVがあってビックリ!!!Σ(°ロ°;)
え、何で? 『さくらのブログ』の集計方法が変わったのか??

驚くとともに反省しました。
以前のように毎日とはいかなくても、ちゃんと更新しようと。
何と言ってもブログは日付けを如何にでも設定できるしね!(オイ)

宇土住吉海岸

コロナ禍で自粛生活が続いておりますが、熊本は海も山もあるので日帰りドライブでも充分に楽しめます。
写真は、宇土市の住吉海岸。他県の方には、天草の手前って行った方がイメージしやすいかな?

ちょこちょこドライブしてるので、ユル〜い内容で更新していこうと思います。


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