2012年05月20日

出発前夜

チムチムおまかせセットようやくキャンピングカー出動しました=3
何となく「忘れ物してるんじゃないか」という強迫観念が拭えなかったのですが(爆)、あとは野となれ山となれ┐(´∇`)┌

久しぶりに『キッチンママ チムチム』で遅いランチを。
今日は『気まぐれセット』にしました♪ 昔懐かしいナポリタンとホットサンド(中身はタマゴでした)、サラダバーはお替わり自由♪ あーんど、食後にコーヒーがついて¥850。
お野菜は無農薬! 毎日、農家直送で新鮮なのです。以前は調子こいてサラダをいっぱい食べてメインが来る前にお腹いっぱいになったので(爆) 今日は控えめに。
(過去ログ>2011年08月27日『久しぶりのキッチンママ チムチムにて』)

菊池神社食後はマリリンと『菊池神社』までお散歩♪
お参りが終わった直後に、パラパラと雨が!!!
わーい! ジンクス達成(≧∇≦)ノ。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・
−−−なんて浮かれてる場合じゃない。傘を持って来てないよ!
慌ててマリリンを急かしながらクルマに戻りましたが、雨はその時だけで止みました。

ちなみに写真の真ん中、拝殿前に鎮座しているのはマリリンじゃありませんよ。野良猫さんです(笑)
マリリンは手水舎で待っててもらいました。

神龍八大龍王神社その後、いつもの『薬師湯』で入浴。
(過去ログ>2009年12月08日『菊池探訪〜薬師湯〜』)

上がってから、急に気が向いたので『神龍八大龍王神社』へ直行!
(何度も来ているのですが、とりあえず過去ブログから↓を抜粋(笑)
 ・2007年03月07日『菊池探訪〜神龍八大龍王神社〜
 ・2011年08月10日『神龍八大龍王神社』)
何とここでも参拝後に雨がパラパラと! 感無量であります!(≧∇≦ゞ


ラストは父と『焼き肉 玄』さんでディナー☆
(過去ログ>2009年05月13日『菊池の飲食店「焼き肉 玄」』)

明日からまたフェルト講座が始まるということで、羊さんの毛刈りをするそうです!
なんというタイミング。見に行かなきゃ(笑)

↓関連記事↓
2011年04月22日『羊毛利用
2011年08月11日『れっつ! チクチク☆
2011年08月25日『ちくちく最終日
2012年01月25日『ちくちく復習
2012年02月08日『フェルト作品が完成☆
2012年02月11日『菊池市まちづくり生涯学習フェスティバル2012


さてワタシのジンクス的には雨が降ってくれたのは有り難いのですが、明日の金環日食の時間帯には晴れてほしいものです…。
というか、起きれるのか?(爆)

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)

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タグ:チムチム
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2012年10月13日

菊池 秋まつり(松囃子能)

2012/10/13〜15の3日間、菊池神社の秋季例大祭『きくち秋まつり』、通称『新宮(しんみや)さん』が開催されました。
13日は御所通に鎮座する樹齢約600年の椋(ムク)『将軍木』前にて、国重要無形民俗文化財でもある御松囃子御能(おんまつばやしおのう)が奉納されました。

松囃子とは、中世、特に室町時代に盛んに行われていた正月の芸事です。専業の芸人や村民、町人、武士たちが着飾ったり仮装をしたりして幕府・諸邸に参上し、祝福の舞や祝い事を述べて縁起物などを頂戴したものとされています。

松囃子能(能場) 松囃子能(将軍木)

御所通りを挟んで(左)県指定重要有形民俗文化財である能場、(右)県指定天然記念物・将軍木。

菊池の松囃子は南北朝時代、菊池氏15代菊池武光(たけみつ)が、後醍醐天皇の皇子・懐良(かねなが)親王を菊池に迎え征西府(せいせいふ)を開いた時、正月を祝うために舞ったのが始まりと伝えられています。

『将軍木』は親王が植えたとも、親王が差し立てた杖が根付いたとも言われており、その将軍木を親王に見立てて奉納しているそうです。

松囃子能(勢利婦1) 松囃子能(勢利婦2)

『勢利婦』(せりふ)
天下泰平や五穀豊穣を願って舞われるもので、申楽(さるがく)が能楽として大成される頃の芸態を今に伝える貴重なものだそうです。

松囃子能(老松)

謡曲『老松』(おいまつ)

松囃子能(胸突)

狂言『胸突』(むねつき)
お金を借りておきながらいっこうに返さない男に業を煮やした貸し手が、男の家まで返済の催促に行ったところ押し問答となり、思わず胸を突き飛ばしてしまいます。男は大袈裟に叫び声を上げて「痛くて死にそうだ」と騒ぎだし…。

この後、素謡『八島』。
(写真がなくてスミマセン。観やすい位置を求めて彷徨ったもので… m(_ _;)m)

松囃子能(口真似婿)

狂言『口真似聟』(くちまねむこ)
今日は吉日。聟(むこ)が舅(しゅうと)の家へ初入りをするにあたり、作法を教えてもらいに何某(なにがし)の元を訪ねます。
何某は、あまりにも物事を知らない聟に呆れ「舅の真似をすれば何事も無事に済む」と嘘を教え…。

聟役には、第十四世 野村又三郎(能楽師狂言方 和泉流野村派当主)氏が特別出演されました。

松囃子能(吉野静)

仕舞『吉野静』(よしのしずか)

松囃子能(嵐山)

仕舞『嵐山』(あらしやま)

松囃子能(高砂)

独吟『高砂』(たかさご)

松囃子能(殺生石1) 松囃子能(殺生石2)

仕舞『殺生石』(せっしょうせき)

松囃子能(簸屑1) 松囃子能(簸屑2)

狂言『簸屑(ひくず)』
主人は、宇治橋の供養に多くの人々がお参りに通るため茶を振る舞おうと思い、太郎冠者(かじゃ)に簸屑(茶を選別した後に残った屑)を挽くように命じ、用件があると言って出かけます。太郎冠者は仕方なく茶臼を挽きはじめますが「こんな退屈な仕事はない」と居眠りしてしまう。
そこへ先に使いに行っていた次郎冠者が戻ってきて茶を挽く理由を尋ねるも途中で眠ってしまうため、眠気覚ましに面白かった話をしたり舞を披露したりしますが、ついに横になって寝てしまった太郎冠者。
怒った次郎冠者は太郎冠者に鬼の面をかぶせ…。

松囃子能(舞台) 松囃子能(将軍木)

−−−と、午後1時から約2時間、堪能しました。
御松囃子御能を観るのは初めてでしたが、案外セリフを理解できたので楽しめました(*^_^*)
どこかで見聞きしたことがあったのか内容にも覚えがあったのが意外でした。

撮影:Nikon D60

参照*菊池の松囃子(きくちのまつばやし) 菊池市 - 熊本県庁菊池観光協会 - 御松囃子御能重要民俗文化財 御能 菊池の松囃子 (まつばやし) - YouTube御松囃子御能〜(勢利婦 其の1) - YouTube御松囃子御能〜(勢利婦其の2) - YouTube


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2012年10月15日

菊池 秋まつり(武者行列)

武者行列(1) 武者行列(2)

菊池神社の秋季例大祭『きくち秋まつり』、通称『新宮(しんみや)さん』3日目・最終日のメインは勇壮な菊池24代武者行列です!

ちなみに、なぜ2日目のレポがないかというと【チーム対抗のど自慢大会】だったので、興味がなかった…(^_^;
それから今日、午前の『御神幸行列』も見てません。すみません、寝てました(オイ!)

武者行列(3) 武者行列(6)

武者行列はじめ地区ごとの子ども神輿や踊りなどの『通し物』が、南まわり・北まわりに分かれて練り歩きます。いつもは静かな商店街も今日ばかりは賑やか&華やか!

武者行列(4) 武者行列(5)

征西公(懐良親王)と菊池公の神輿はこのまま菊池神社へお帰りになるようなので、まだお参りしてないことだしお見送りに。
それにしても神官さんたちが馬だけじゃなくオープンカーに乗ってたのにビックリした!(笑)

菊池神社(1) 菊池神社(2)

午前の神幸式にはたくさんの人が参拝したのでしょうが、がっら〜んとしていました。いつぞやも思ったけど、みんなお帰りは見送らないものなの?

今日も清々しい青空が広がり、素晴らしいお祭り日和でした。

撮影:Nikon D60

参照*菊池秋祭りでの菊池一族の武者行列の様子 - 菊池観光協会


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2012年10月17日

【ほの宵まつり】準備中

ほの宵まつり準備(1) ほの宵まつり準備(2)

菊池では昨年から『ほの宵まつり』というイベントが始まりました。菊池にいなかったから知らなかった(^x^;
竹灯籠で巨大絵を浮かび上がらせる『万華灯(まんげとう)』は何度か観に行きましたが、それとはまた別形態の灯りの祭典だそうです。

過去ブログ*『菊池市 万華灯 2009年11月08日』/『きくち万華灯2011年12月23日』/『山鹿灯籠浪漫・百華百彩 2010年02月19日』

ほの宵まつり準備(3) ほの宵まつり準備(4)

竹灯籠を利用したイベントは全国各地にありますが、菊池独自の竹灯籠を創ろうということで、この板状の形態を思いついたのだとか。
図案はもちろん菊池・白龍伝説にちなんで龍がメイン。カッコいい〜!完成が楽しみ!

『ほの宵まつり』では、竹灯籠作製ボランティアと、イベント当日の点灯ボランティアを募集しています。
詳しくは菊池観光協会HPへ

撮影:Nikon D60


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2012年11月03日

菊人形 菊まつり

菊まつり(1) 菊まつり(2)

菊池市民広場にて、11月1日〜15日(9〜17時)まで『菊人形 菊まつり』が開催されているので見に行ってきました。

菊まつり(3) 菊まつり(4)

南北朝時代に菊池一族が奮戦した『太刀洗の場』(左)、『袖ケ浦の訣別の場(袖ヶ浦の別れ)』(右)を菊人形で表現しています。
大刀洗町 - Wikipedia

菊まつり(5) 菊まつり(6)

鉢植え、盆栽、懸崖、大菊、小菊などなど、様々な菊がずらり。チョウチョも憩っております。

菊まつり(7) 菊まつり(8)

開催中も菊の販売を行っていますが、最終日である15日の13:30くらいから展示即売会があるそうです。

撮影:Nikon D60


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タグ:イベント
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2013年01月08日

菊池神社歴史館

菊池神社内にある『菊池神社歴史館』を初めて見学しました。
ここには菊池一族ゆかりの武具や宝物、書物、絵画などの歴史的な文化財が収蔵されています。

昨年の晩秋から、南北朝に関する本を読んだりしてるんですヨ。漫画ばっかりだけど(^_^ゞ
南北朝を扱った書籍はけっこうあるのですが、菊池一族をメインにしたものってないのかな。かーなーりー脇役だったり名前しか出てこなかったりで残念すぎるんですけど…(´・ω・`)

折しも2011年10月24日、元寇(蒙古襲来)で沈没した船が発見されたとニュースで話題になりましたよね。
えっ? 何の関係があるんだって?
教科書に『蒙古襲来絵詞』って載ってたでしょ、あれに菊池家第10代当主・菊池 武房(きくち たけふさ)公が描かれてるんですよ☆

戦国モノみたいに南北朝モノが増えて脚光を浴びてくれるといいなぁ。

菊池神社 菊池城本丸跡

写真:左=菊池神社 右=菊池城本丸跡の石碑(歴史館の前にあります)

蒙古襲来絵詞 菊池神社歴史館(外観)

写真:左=蒙古襲来絵詞 右=菊池神社歴史館

撮影:Nikon D60


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2013年01月12日

鞠智(きくち)城

鞠智城(鼓楼ところう君) 鞠智城(遠景)

数年前にもブログに紹介しようとして写真のみアップしておいたのですが、そのままになっていた『鞠智(きくち)城』のご紹介です(^_^;
(カテゴリは『熊本県菊池市』になってますが、正しくは山鹿市菊鹿町です。)

鞠智城は、東アジア情勢が緊迫した7世紀後半(約1300年前)に、大和朝廷(政権)が築いた古代山城です。
663年の「白村江(はくすきのえ)の戦い」で、唐・新羅の連合軍に大敗した大和朝廷(政権)が日本列島への侵攻に備え西日本各地に築いた城の一つで、九州を統治していた大宰府やそれを守るための大野城・基肄(きい)城に武器・食糧を補給する支援基地でした。
続日本紀(しょくにほんぎ)』など国の歴史書にも記載のある全国有数の重要遺跡として、平成16年2月27日に国史跡に指定されました。
公式サイトより)

写真:八角形建造物・鞠智城【鼓楼(ころう)】と、イメージキャラクターの【ころう】君

菊池は、もともとは「くくち」と言っていたそうですが公式サイトでは「鞠智(きくち)城」とルビがふられています。
この辺りを繙(ひもと)くと、また話しが広がってややこしくなるのでここで割愛。

*参照*
論文紹介|古代のキクチ一族の謎|渡来人研究会】(歴史ジャーナリスト/菊池秀夫)
菊池家の祖先】(菊池家十三代惣領 菊池次郎武重 末裔のHP)

鞠智城(鼓楼 説明板) 鞠智城(地図)

写真(左)鼓楼の説明板 (右)鞠智城周辺の地図

鼓楼の高さは15.9m。内部は柱だらけ!階段がなく、梯子を利用していたようです。
ふだん建物内への立ち入りはできませんが、ゴールデンウィークのイベント開催時には二階部分まで足場が組まれ、登ることが出来るそうです。

文武天皇時代の修築記事(698年)で初めてその名が正史に登場するのですが、築城年は記載がなく現在も確定されていません。
城の面積は内城55ha、外縁地区65haに及びます。
鞠智城 - Wikipedia の解説より)

鞠智城(米倉) 鞠智城(兵舎)

写真(左)校倉(あぜくら)造りの米倉 (右)防人(さきもり)たちの兵舎。1棟あたり50人くらいが寝泊まりしていたらしい。
軒丸瓦には蓮の花をモチーフにした模様が施されていて、百済の様式を受け継いでいると見られています。

鞠智城(板倉)

板倉(武器を保管する倉庫)

鞠智城(灰塚展望所) 鞠智城(灰塚展望所)

写真(左)長者山展望広場休憩所から灰塚展望所へ続く道 (右)灰塚展望所

鞠智城(灰塚展望所) 鞠智城(灰塚展望所からの眺め)

灰塚展望所からの360度パノラマ。不動岩、鞍岳、八方ヶ岳、さらに雲仙普賢岳まで見えました!

鞠智城(ジオラマ) 鞠智城(展示資料)

『温故創生館』(資料館)も見学。入館は無料です。
(左)鞠智城一帯のジオラマ
(右)館内には【鞠智城】【米倉】【兵舎】の模型も展示されています

鞠智城(展示資料) 鞠智城(展示資料)

【鞠智城の歴史】【鞠智城の造り】【鞠智城での暮らし】【古代山城】といったテーマごとに、パネルや写真、出土遺物、復元模型などを展示しています。

映像解説室でのビデオ上映もあり。
【歴史公園鞠智城(14分)】【古代の森ロマンルート(15分)】【九州の古代山城(17分)】【鞠智城物語 防人たちの唄(30分/三池崇史 監督)】【平和への誓約(うけい)(午後3時から/43分:『山鹿灯籠』と『松尾敬宇とその母』の2部構成/三池崇史 監督)】

鞠智城(展示資料) 鞠智城(展示資料)

(左)古代山城では唯一、木簡が出土。 
(右)青銅製の百済系菩薩立像。姿形の特徴から、7世紀半ば〜後期のものと考えられ、百済人貴族が持ち込んだと推定されています。

鞠智城(創生館2階)

『温故創生館』の2階は休憩所になっています。兵馬俑と銅車馬の実寸大レプリカもあり。

『温故創生館』9:30〜17:15(入館は16:45まで)
 休館:月曜日(祝祭日の場合は翌日)、12月25日〜1月4日

鞠智城(温故創生之碑) 鞠智城(温故創生之碑の説明板)

写真(左)温故創生之碑 (右)温故創生之碑の説明書き

中央に防人、前面に防人の妻と子、西側に築城を指導したといわれる百済(くだら)の貴族、東側に八方ヶ岳に祈りを捧げる巫女、北側には一対の鳳凰が立っています。

撮影:Nikon D60


KIBS「鞠智城歴史ロマン」 - YouTube
 大和朝廷が7世紀後半に築いた山城「鞠智城」。
 この古代山城から平成20年10月、銅製の「百済系菩薩立像」が出土した。
 なぜ、百済の仏像がこの山城から出土したのか?
 番組では国内で初めて出土した百済系菩薩立像の歴史ロマンに迫る!



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2013年01月17日

天地元水神社

今日は1/9に見に行ったあの軽トラと軽バンを受け取りに行ってきました。
山小屋では雪が降り風も冷たかったので「明日にすれば?」って言ったんですが、山を下りたら晴れ間が覗き(笑)、めでたく大安吉日での納車と相成りました。

車検も済んで、整備もバッチリ、ピカピカに磨かれた車体は中古車とは思えません!
おとーさんの喜びようといったら子どもみたいです(笑)しばらくはご機嫌うきうき☆ わたしも嬉しいです(*^_^*)

天地元水神社(1) 天地元水神社(2)

購入先の自動車整備工場近くをマリリンとお散歩してたら、【天地元水神社(てんちげんすいじんじゃ)】を発見。珍しい名称ですよね。
菊池の歴史 略年表 No1】(菊池観光協会HP)にも載ってました。原地区というところにあります。

以下、案内板より↓
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天地元水神社の信仰とその由来

当社の由来は、橘諸兄の孫 島田丸の事蹟にあると伝えられる。
神護慶雲年間(765〜770年)、春日神が常陸国鹿島から奈良三笠山に飛来した。社殿造営の奉行 島田丸は九十九体の人形を駆使して職務を全うしたが、完工後に打ち捨てられた人形が河童となって害をなした。島田丸は称徳天皇の命でこれを鎮め、水神の祭を勅許されたという。

嘉禎3(1237)年に肥前長島荘総地頭職として入部した橘公業の嫡流である渋江氏が、氏神として同地で代々天地元水神社を奉斎していた。
隆盛を誇った渋江氏も、大永7(1527)年、第十三代の公勢の没後にわかに衰勢に向かう。第十五代公師の代には領地を奪われ、一族は各地に離散した。
公師の弟公重は永禄2(1559)年に潮見城で討ち死にするが、一子 公実(公成)が菊池にいて肥後渋江氏の鼻祖となった。
菊池西迫間に住んだ公実が、この地に天地元水神社を創建。息子 公通は、寛永11(1634)年、社ごと隈府横丁に転居した。現在地への移転は、明治31(1898)年の事である。

天地元水神社の信仰圏は広く、九州一円のみならず、中国・京阪神にも御札が配られていた。特に雨乞いの霊験はあらたかで、細川藩は時に盛大な祈祷を命じた。また藩公の参勤交代には神職が豊後鶴崎港まで同道して、航海の安全を祈願した。
水路の隧道掘削安全祈願や河童封じの守札が人々に嘱望されてきたのは、分けても意義深い民族事象である。


神奈川大学院歴史民族資料学研究科 教授 小馬 徹 謹書
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河童信仰のルーツを探る手がかりとなる(かも知れない)古文書がこの神社にあったことから小馬氏が訪ねてきて、にわかに注目を集めたらしいです。
当時の新聞記事がこちらに載ってます牛島稔太のホームページ

一見どこにでもあるような小さなお社なのですが、まさかこんな由緒があったとは!
前回クルマの試乗した時はサーっと通り過ぎて気づかなかった。お散歩してみるもんだ。

天地元水神社(3) 天地元水神社(4)

(左)石碑に何と刻まれているか、読めませんでした…。割と新しそう。
(右)神楽殿っぽい建物も隣接。水神祭は夏に執り行われるようです。

*参照*
音のある日本の風景 カッパ伝説神社〜祓太鼓(デジタル動画共有 - eyeVio)
河童伝説1240有余年・・水神祭(動画共有サイト:毎日動画)

ひょうすべ - Wikipedia

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)


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2013年01月18日

斑蛇口湖(竜門ダム)遊歩道

斑蛇口湖

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)

マリリンと一緒に竜門ダムの遊歩道をお散歩♪ 斑蛇口大橋の駐車場に車を停めて、そこから2km程度ですが(^_^ゞ
毎年11月下旬に【竜門ダムウォーキング】が開催されているんですよ。途中にあるトイレも意外と綺麗でした。
ボート・カヌー・レガッタの練習場として、またヘラブナ・ヤマメ・ウグイ・カワムツ・ワカサギなどの釣りスポットとしても有名です。
竜門ダム - Wikipedia

ところで地名は【龍門】ですが、ダムの名称は【竜門】。【はんじゃく】という地名も【班蛇口】だったり【斑蛇口】だったり、紛らわしいです。
たぶん古くからは【斑蛇口】だったんじゃないかな。まだらへび。マムシが多かったんでしょうね。

普段あまり人が通らないようで、アナグマに出会いました! 夕方4時頃です。
実はまったく気づいてなくて、ふと黒くて丸い物体がのそのそっと動いて「ずいぶん大きなネコだな」と思ったら、とてっとてっと走り出し、そのずんぐりした後ろ姿は「あれっ?タヌキ?」という感じ。でもシマシマのシッポがない。
ちょっと先の側溝に入ったのですが、近づいたら隙間からこっちを覗くんですよ。カワイイ〜vVヽ(´▽`*)ノ
その顔を見て「アナグマだぁ〜**」と思ったのですが、今ネットで画像検索したら模様が違う。わたしが見たのは、ほぼ真っ黒で背中にちょっと茶色のラインがあった程度でした。
写真を撮れなかったのが悔やまれる(T_T) また会えるかなぁ。


先日、図書館で借りてきた『ふるさと班蛇口』を読んだ後だから、感慨深いものがあります。
集落とともに、数々の文化遺産も水底に沈んでしまったのでしょうか。それとも、どこかに移されたのでしょうか。『ふるさと班蛇口』はダムが完成する前に発刊されているので、そこまでは明記されていませんでした。
ただ、役行者(えんのぎょうじゃ)像や穴の城/穴の尾など水没していないものもあるようなので、いずれ探してみたい。

ダムの北東方面にある鳳儀山聖護寺(ほうぎざんしょうごじ)も数年前にチラっと見ただけなので、機会があれば再訪したいところです。


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2013年01月31日

第7回 奄美物産フェアー

奄美物産フェアー(1) 奄美物産フェアー(2)

2/1〜28の間、【きくち観光物産館】にて【第7回 奄美物産フェアー】が開催されています。商品の品揃えは驚くほど少ないんですが(^o^;

湯葉ふりかけ かきこみぼし

写真:左=見つけてしまった【湯葉ふりかけ】(笑)昨年から、ふりかけ集めはやめたんですがコレは気になる!
写真:右=こちらは菊池の【かきこみぼし】。しかし【かきこみぼし】で検索しても、何もヒットしない。気になる!(笑)


さて、なぜ菊池と奄美大島(龍郷町)が友好都市かといいますと、西郷隆盛が取り持っているのです。
西郷隆盛の先祖は菊池氏の流れを組むものだったそうで、奄美大島に潜居中、「吾が源は菊池なり」という意味で菊池源吾と名乗っていたそうです。
西郷隆盛 - Wikipediaの解説)

2/9(土)は【旭志町ふれあいセンター】、2/10(日)は【きくち観光物産館】にて、肥後染色 泥染体験が開催されるので行ってみますo(^▽^)o

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)

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