2011年07月05日

鬼越蒼前神社(駒形神社)

鬼越蒼前神社(説明板) 鬼越蒼前神社(鳥居)

盛岡のKさんに、鬼越蒼前神社を案内していただきました。

岩手県は古くから馬産地として知られていて、江戸時代以前は主として軍馬や騎馬として使われていましたが、寛政年間(1789年頃)から農耕用として農民が家族同様の愛情を注いで飼うようになり、人と馬がひとつ屋根の下で暮らす南部曲り家が造られました。
こうした愛馬精神から自然に生まれたのが馬の神をまつる『駒形(蒼前)神社』です。

滝沢村ホームページより

鬼越蒼前神社(拝殿) 鬼越蒼前神社(拝殿2)

ネットで調べていたら、『Yahoo!知恵袋』に面白い質問がありました。

岩手県滝沢村にある蒼前神社はォラが子供の頃は「駒形神社」と「蒼前神社」の二つの呼び名があったような…

質問への答えの中から抜粋させていただきますと↓
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駒形神は馬と蚕の守護神とされ、神仏混淆で馬頭観音と習合しました。
(略)
そもそも駒形神(駒弓神、子眉嶺神、子檀嶺神などとも書く)は、どの神を指すのか分からなくなってしまっていますが、古代豪族毛野氏とその一族によって奉斎された神で、「保食神」「大宮神」「御食津神」「豊受大神」と同じです。
(実体は瀬織津姫神とされます。瀬織津姫神は祓の神、水神、川神、織物の神、養蚕の神など多彩な面を持つ)駒形神が宇賀御魂大神とされたり、毛野氏の氏神とされる所以です。駒形神を祀った駒形神社の総社が奥州市の駒形神社です。

(別の方のアンサーより↓)
最近の研究によって「蒼前さま」は平安期にこの地方に流された藤原氏系の貴族で、当地で宗善を名乗り余生を馬を飼う事に費やしいかなる荒馬も飼いならしたという名人だったようです。
死後に馬頭観音の堂を建れば馬を守護すると遺言して亡くなったのが神社の始まりということが判ってきたので、駒形神社と蒼前神社は別の神社という事になったのだとおもわれます。
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鬼越蒼前神社(説明板2) 鬼越蒼前神社(厩)

岩手でもっとも賑わうお祭りのひとつ『チャグチャグ馬コ』(ちゃぐちゃぐうまっこ)は、古来より牛とともに農耕にかかせない家畜であった馬の勤労を感謝する祭りで、旧暦5月5日に村民が鬼越蒼前神社に馬の無病息災を祈願したのが起源とされています。
1978年に選定無形民俗文化財に選択。
100頭を超える馬が鬼越蒼前神社から盛岡八幡宮までの約15Kmを、鈴の音を響かせながら4時間かけて練り歩き、その鈴の音は1996年に環境省(当時は環境庁)の「残したい日本の音風景」に選出されました。
チャグチャグ馬コ - Wikipediaの解説

鬼越蒼前神社(石碑) 鬼越蒼前神社(月読神社)

境内には5つくらいの石祠があり、それぞれよーく見ると寄贈した年月日が五月五日と刻まれています。
拝殿の向かって左側に『月読神社』が配されていました。

なんでここに月読神社? と思ってネットで調べてみたところ、とっても興味深いページがヒット!

三日月やしろへの道 滝沢村の歴史語る会で漆戸さんが解説(盛岡タイムス)

抜粋すると、
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漆戸さんは06年秋に同市前九年で「右 やなぎさわ、左 三日月やしろ」と記された追分石があるのを見つけ、「三日月やしろ」という不思議な響きに興味を覚えた。
(略)
鬼越蒼前神社境内に月読神社はあるものの三日月神社は見つからなかった。
住宅地図をもう一度見直し、同村鵜飼字上鵜飼に石碑の記号を見つけ、三日月神社跡の石碑であることを確認した。
石碑には1908年に現在の鬼越蒼前(駒形)神社に移転されたと書かれていた。

境内の神社には月読神社としか書かれておらず「本当にそうなのか、まだ疑問が残った」という。
07年元日、開帳された月読神社の中で三日月神社と書かれた奉納品を多数見つけ、疑問は確信に変わった。
月読神社こそが、移転された三日月神社だった。
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なんて歴史ロマンあふれる話でしょうか。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・

鬼越蒼前神社(跡地 説明板) 鬼越蒼前神社(跡地)

こちらは、現在の鬼越蒼前神社から2kmほど山を登った中腹にある駒形蒼前神社跡地です。
明治24年に火災に遭い、現在地へ移されたそうです。
石祠の前には、今でもお酒などをお供えされてありました(写真は後ろ側にあたります)。

もりおか歴史文化館(1) もりおか歴史文化館(2)

もりおか歴史文化館では、祭り常設展示室にて等身大チャグチャグ馬コや『さんさ踊り』のビデオ映像などが見られます。
馬の飾りは、大名行列に使われた小荷駄装束に端を発するといわれているそうです。

もりおか歴史文化館(3) もりおか歴史文化館(4)

藩政時代から続く300年の歴史を持つ盛岡山車も展示されています。
写真(左)高さ9m!明治期の山車「和藤内」
写真(右)現代の山車「連獅子」

撮影:Nicon D60


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いわな館

いわな館(1) いわな館(2)

盛岡のKさんに連れてきていただき、いわな料理と手打ちそば『希望水系いわな館』(リンクは食べログ)でランチ♪
正直、ひとりでは二度と辿り着けないかもしれない(爆)
ご覧の通りの自然あふれるロケーションの中、別荘地っぽい感じでお洒落な家々が点在しています。
柳沢地区では、陶芸・木工芸・漆器・蜻蛉玉などの工房見学&創作教室もできます。
(興味のある方は『岩手山麓工芸会』で検索してみてください。残念ながら公式サイトがないのですが、体験された方のブログなどがヒットします)

いわな館(3) いわな館(4)

岩魚が焼けるまでの間は、付け合わせをいただきながら。
写真(左)の右下にある、小皿に乗っている不思議なモノはミズという植物の実。
ミズは秋田でも食べた事があるのですが、実は初めて。醤油漬けにしてあるのですが、ポクっとした歯ごたえが独特で、ご飯にもお酒にも合いそう!

美味しいからウチの山小屋にも植えたいんだけど、九州でミズを見た事がない。たぶん、寒い地方にしかないんだろうなぁ〜。
と、残念がっていたら「ミズはすっごく強いから、たぶん大丈夫だよ」とお庭から引っこ抜いて、ちゃちゃっとペットボトルで簡易鉢を作ってくれまして、キャンピングカーで育てる事になりました(笑)
実がついているのを選んでくださったので、帰る頃には立派になってるといいな!

岩魚の塩焼きは炭火でじっくり時間をかけて焼いてあるのでジューシーさを残してホクホク。
こちらで育てているそうですが、デリケートなお魚なので池を見に行く事はできませんでした。

いわな館(5) いわな館(6)

サーモンのお刺身&お寿司も絶品! 柔らか〜くて甘みがあって、とても美味しい♪
来店してから打った蕎麦は、まさに打ち立てホヤホヤ。
蕎麦もさることながら、そば湯がまたトロみが濃くて、今まで飲んだ中でも一番でした。

と言ったら、こちらもペットボトルに入れてお土産に持たせていただきました!(≧∇≦)b
蕎麦は栄養バランスがよくて、そば湯にもタンパク質やルチンなどの成分が豊富に含まれているのです。
傷むのが早いので、製氷皿があれば、それで凍らせて1個ずつ溶かしながら飲むといいよと教えていただきました。
ウチ(キャンピングカー)には冷凍庫はあるけど製氷皿がないので、小さいペットボトルに小分けにして冷凍保存しておきます(*^m^*)
熱中症にもよさそうです♪

いわな館(7) いわな館(8)

シメはデザート&コーヒー。
梅ゼリーには桑の実と、名前を忘れてしまったのですが右の写真の実が入っていました。
材料はほとんどご自宅のもの、器などは岩手山麓工芸会のお仲間さんから。

いいですね〜、こういうの憧れます。料理の腕はないけど(爆) ←そこ大事なのに…


岩手県岩手郡滝沢村滝沢字後268-1863
営業時間/11:00〜15:00(前日までに要予約)
電話番号/019-688-8161
定休日/水曜・木曜

撮影:Nikon D60


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盛岡市内を観光

Kさんによる盛りだくさんの盛岡観光を一気に振り返ります(笑;)

*啄木新婚の家(盛岡市中央通3-17-18) 見学無料

啄木新婚の家(1) 啄木新婚の家(2)

啄木新婚の家(3) 啄木新婚の家(4)

案内板より↓
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詩人石川啄木は、明治38年(1905)5月、東京で処女詩集「あこがれ」を出版しそれをみやげに帰郷の途についたが、金策の必要から途中仙台に下車して土井晩翠をその居に訪ねた。
仙台医学専門学校には郷友、猪狩見竜、小林茂雄らが在学中で、彼らと遊んで滞在すること10日におよんだ。
その間、盛岡市帷子小路八番戸の借家には月末の30日に結婚式を挙げるべく婚約者の掘合節子がその帰宅を待ちわびていた。しかし啄木は遂に姿を見せなかった。
そこでその夜級友上野宏一(画家)の晩酌で珍妙な「花婿のいない結婚式」がおこなわれた。それがこの家である。

仙台をたった啄木は盛岡駅を素通りして渋民に行き、ようやくこの家に顔を見せたのが6月4日だった。
ここではじめて新婚の夫婦と両親、妹光子の5人が揃って家庭をもったのである。時に啄木は20歳。
この家で稿を起こした随筆「閑天地」は連日、岩手日報の紙上をにぎわし、「我が四畳半」はよく新婚の夢あたたかな情景を描いている。
ほかに「妹よ」、「明滅」、「この心」の作がある。

啄木一家がここに在ること3週間、6月25日には中津川のほとり加賀野磧町四番戸に転居した。
現在盛岡市内の啄木遺跡といえるのは「啄木新婚の家」だけである。
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新婚の割にずいぶん大きな家に住んでたんだな〜と思ったら、5人で住んでたんですね。
しかも、あっと言う間に転居しちゃったんですね(笑)


*石割桜(盛岡市内丸9−1)

石割桜今回は見所多数ということで、車内から眺めただけの石割桜(笑;)
なんと盛岡地方裁判所の中にあるんです。
大昔に岩手山の噴火で落ちてきたと言われている巨大な花崗岩の割れ目から育った、直径約1.35m/樹齢360年を越える桜で、大正12年(1923)に国の天然記念物に指定されています。

ここは寛永年間頃に南部藩主の分家にあたる北監物の庭園であったとされていて、明治初期には桜雲石と呼ばれていたそうです。
家老の屋敷内の庭にあった巨石が落雷をうけてできた割れ目にエドヒガンザクラの種子が入り込み成長したという伝承も残っているんだとか。
石割桜 - Wikipediaの解説より)



*三ツ石神社(盛岡市名須川町2-1)

三ツ石神社(1) 三ツ石神社(2)

三ツ石神社(3) 三ツ石神社(4)

三ツ石神社は、現存する盛岡市内の神社の中でも最古の社と言われているそうです。

伝承によれば、かつてこの地には「羅刹」と呼ばれる鬼がいて、人里を荒らしまわっていました。
このことに困っていた里人たちが、三ツ石神に祈願したところ、鬼は神によって捕らえられ石に縛り付けられました。
この時、鬼が二度とこの地に来ない証として、岩に手形を残し、それから二度とここへ来なくなりました。
これが「岩手郡」、今の「岩手」へと連なる地名の由来です。
不来方(こずかた)- Wikipediaの解説より)

Kさんが以前に聞いた話しでは、その手形の部分だけ苔が生えなかったそうです。
写真下段右の、鎖と鎖の間あたりにあったらしいのですが、今では風化が進んで確認できませんでした。

余談ですが、ここが発祥とされる「さんさ踊り」も羅刹が退散した事を「喜び踊った」または「三ツ石神社の感謝の意を込めて奉納した」などの説があるそうです。


*報恩寺<五百羅漢>(盛岡市名須川町31-5)

報恩寺(2) 報恩寺(説明板)

貞治元年(1362)南部守行の開基、通山長徹の開山により、応永元年(1394)に南部守行によって陸奥国三戸郡に創建されたと伝えられています。
山号は「瑞鳩峰山」、報恩禅寺と称しますが、通称「報恩寺」。
報恩寺 (盛岡市) - Wikipediaの解説より)

報恩寺(五百羅漢) 報恩寺 五百羅漢 天井画

羅漢堂(盛岡市指定有形文化財/拝観料300円)は享保20年(1735)に建てられた平屋建て土蔵造りの建物で、屋根が宝形、瓦葺(元々は檜皮葺)。
本尊は釈迦文殊普賢の三尊は大和(奈良県)中善寺の本尊を譲り受けたもので、聖徳太子が彫ったものと伝えられているそうです。
五百羅漢像は京都の仏師が9人掛かりで4年間(!)費やしたといわれています。

一見、不気味に思われますがユーモラスな像もたくさんあって隠れキャラ?もいるので、怖がらないでアフレコしたり楽しみながらご拝観ください(^_^)
個人的には天井画の龍ラブ☆

報恩寺(楼門) 報恩寺(彫刻)

昭和53年に建てられた三間一戸の楼門。2階の楼閣には十一面観音が安置されているそうです。
こちらの彫刻も圧巻です!


あさ開(盛岡市大慈寺町10-34)

あさ開(1) あさ開(2)

酒造『あさ開(あさびらき)』の地酒物産館にて大吟醸ソフトクリームをいただきました♪
アルコールは0%ですが、酒粕の香りがしっかりしてるのでお酒がまったくダメな方は雰囲気でよってしまうかも知れません。
写真右の「せんべいアイス」も気になりましたが、それはまたの機会に持ち越し。

案内板より↓
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「酒蔵あさ開」のある盛岡市大慈寺町界隈は、地形的な特徴により清冽な地下水の豊富な地域です。
周辺には「岩手川の酒蔵」をはじめ、「大慈清水」や「青龍水」と呼ばれる生活用水の湧き水を中心に、「蕎麦屋」「豆腐屋」など、水に関わりの深いお店がたくさんあります。
日本酒の成分は約80%が「水」であることから、うまい酒は「水」で決まると言っても言い過ぎではありません。
「日本酒あさ開」の仕込み水は、弱軟水の地下水で「蔵元銘水」と名付けられ、東京都内の一流ホテルでも使われております。
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*盛岡城址(岩手公園)

盛岡城址盛岡藩南部氏の居城跡で、別名「不来方城(こずかたじょう)」と一般に理解されているそうですが、厳密には両者は別の城郭なんだとか。
盛岡城 - Wikipediaの解説より)

お城は焼けたのかな?と思いきや、明治4年(1871)廃藩置県により廃城になったんだそうです。
廃城令では当初存城とされましたが、老朽化が著しく一般に払い下げとなり、ほとんどの建物が解体移築されました。
その後、陸軍用地となった土地の建物を除いて旧藩主南部家に払い下げになったそうです。

このあたりの歴史は『もりおか歴史文化会館』でボランティアガイドさんが懇切丁寧に解説してくれますよ。



−−−と、ここまで3回に分けてお送りしましたKさん観光案内、いかがでしたでしょうか。
これ、1日で廻ったんですよ(^_^ゞ
まだまだ見所があるのですが、それはまたの機会に☆
Kさん、ありがとうございました!m(_ _)m


撮影:Nikon D60


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2013年10月17日

とりとめない、ここ数日の出来事。

道の駅【にしね】

道の駅【にしね】で、特産のほうれん草を使用した【ほうれん草ソフトクリーム】を食べた。あんまりほうれん草の味がしなかった(普通に甘くて美味しいソフトクリームだった)ので、ほうれん草を買ってみた。ほうれん草自体が甘い訳じゃなかったけど、やわらかくてエグ味がなかった。

ヤマボウシの実

敷地内に植えられている山ボウシの実。たくさん生ってたらちょっと分けて欲しかったけど、もうほとんど落ちてしまってた。じつはまだ食べたことがない。果実酒にしたい。←そればっか

豚肉と百合根

物産館で購入した、杜仲茶ポークと大好物の百合根。
コマクサファームのサイトによると、「化学肥料を一切使わず育てられた葉から作った杜仲茶を与えて育てた身の引き締まった豚」なんだそうだ。わたしは普段お肉は油をひかずそのまま焼くんだけど、塩こしょうをしないうちからとってもいい匂いが立ちこめました。うまうま。

焼走り温泉

道の駅から約7km、【岩手山焼走り国際交流村 焼走りの湯】で日帰り入浴(500円)。
こちらの敷地はとても広く、キャンプ場/オートキャンプ場/キャビン/サニタリーハウス/グラウンド/天文台まで併設してます。
国の特別天然記念物・焼走り熔岩流のすぐそばです。まだ見てないんですが・・・(´▽`ゞ

建物の後ろに見えるのは岩手山。すでに雪化粧・・・ブルブル。でも日中、晴れてると15度くらいで暖かかった。

味噌焼きおにぎり

八幡平をぐるっと廻ったあと、道の駅【雫石あねっこ】で入浴(500円)→停泊。
コバラが空いたので軽食コーナーで味噌焼きおにぎりをテイクアウト。100円でこのボリューム!わたしの手が小さく見える!熱々で美味しかった。欲を言えば、味噌を塗った後にちょっと焼いて欲しかった。

チーズどら焼き

デザートは生チーズどら焼き。解凍して食べます。待ちきれなくて、まだクリームが固いのに食べちゃった(´▽`ゞ
幾らだったかな。150円くらいだったかな・・・。

クワガタ

台風26号の影響で冷たい雨が降りしきっていた中、なんと駐車場のアスファルトの上にクワガタが!死んでると思いきや生きてる。よく轢かれなかったなぁ。
こういうのは自然のままにしておく主義なんだけど、雨ってのはさ、何故か「このままにしてはおけない」と思わせるんだよね。どうせ死ぬなら暖かいところで・・・って箱に入れておいたらさ。めっちゃ元気なんだけど。リンゴあげてるけど、どーしよ(´д`;

プレミアムモルツ

もう寒くて晩酌にビールって気分でもなく、ずっと冷蔵庫の片隅で忘れられていたプレミアムモルツ赤<コクのブレンド>。フツーのプレモルよりは好きな味だけど、やっぱり好みとはちょっと違った。(琥珀ヱビスが好き)

撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)


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2013年10月18日

八幡平アスピーテラインふたたび

本日快晴!ということで、八幡平アスピーテラインを再び走ってきました。
2013年10月15日【八幡平アスピーテライン】と合わせてご覧いただけると幸いです(*^_^*)

焼走り熔岩流(トイレ) 焼走り熔岩流(通路)

まずは国指定特別天然記念物【焼走り熔岩流】観察路へ。隣接して【岩手焼走り国際交流村】(焼走りの湯/キャンプ場/オートキャンプ場/キャビン/サニタリーハウス/グラウンド/天文台など)があります。
ゴロゴロした溶岩(含かんらん石紫蘇輝石普通輝石安山岩)の中、決められたコースのみ立ち入ることができます。ペット禁止。

Wikipediaの解説
岩手山は山頂部に爆裂カルデラと中央火口丘を持つ円錐形の成層火山であり、1686年から1934年の間に複数回、爆発と熔岩流噴出の火山活動記録が残されているが、焼走り溶岩流はこれら山頂部の噴火活動とは違う、中腹部にできた噴火口、いわゆる寄生火山から流出したものである。焼走り溶岩流が形成された火山活動の年代は従来より1719年(享保4年)正月(旧暦)とされているが、近年の研究では1732年(享保17年)とする説もある。

焼走り熔岩流(苔) 焼走り熔岩流(岩手山)

この種類の苔って、よく硫黄分を含む岩場・砂礫なんかで見かけます。こうした苔がやがて森を形成していく礎になるんですね。富士山の樹海も、昔々はこんな姿だったのかも。
(この角度からの岩手山、富士山そっくり)

この先から、第1噴出口跡・第2噴出口跡も見えます。
「焼走り」という名称の由来は、真っ赤な熔岩流が山の斜面を急速な速さで流下するのを見た当時の人々が「焼走り」と呼んだのが始まりといわれていて、地元では古くから「焼走り」と称していたそうです。

赤沼(2) 赤沼(1)

いきなりワープしますが(´▽`ゞ 先日と同じく、御在所沼遊歩道へ。今日はお天気も好いし【赤沼】まで行ってきました! 【御在所湿原】というだけあって足元がかなりぬかるんでいたので、それなりの靴を履いてないとグチャグチャになります(´д`; 後半は木道が整備されているので快適でした。

御在所沼(1) 御在所沼(2)

【赤沼】の隣の【御在所沼】は、茶色くなかった。不思議。野鳥がたくさん寛いでいました。

赤沼散策路と岩手山 テントウ虫

写真:左は岩手山。途中、橋脚跡も見えました。鉱山跡地は道路を挟んで反対側なのに・・・こっちにも何か造ってたのかな。
ギボウシや山アジサイ、バイケイソウなどの花殻がたくさん立ち枯れていたので、初夏〜晩夏あたり花を目当てに来るのもよさそう♪

アスピーテライン 熊沼

更にアスピーテラインを登っていくと、昨日は路面凍結のため通行止めになっただけあって道路脇に雪が!
幸い天気が好いし風もないので寒くはありません。【熊沼】も一昨日とは違って水面に太陽が反射してキラキラしてます・*:.。. .。.:*・゜゚・*

八幡平(1) 八幡平(駐車場)

いよいよ【八幡平レストハウス】に到着! 一昨日の教訓を活かし、手前の無料駐車場から歩いてきました(笑)
展望台からの眺め、素晴らしい〜♪

八幡平(県境) 八幡平(地図)

駐車場のすぐ目の前に県境の道標、見えますか? 右が岩手県、左が秋田県。ここから八幡平頂上までの登山道が続いています。

八幡平(2) 八幡平(3)

約1.9kmなんてすぐじゃーん! なんて大間違いだった。かなり雪が残っててシャーベット状になっていたりして、滑りやすく歩きづらい。
時間的にも頂上は諦めて、鏡沼だけ見ようと左折。しかし、どれくらい歩けばいいのか分からないというのは不安なもので・・・。
「鏡沼ってコレじゃないよね?」とか思ったり。

八幡平(鏡沼) 八幡平(鏡沼2)

はい、これが【鏡沼】でした! 確かに静かな水面が鏡のよう。これで対岸に紅葉があったら最高だったんだけどなぁ〜。針葉樹が多かった。

八幡平(虹雲) 八幡平(4)

太陽の周りにかかる雲が虹色に反射してて(彩雲)とっても綺麗でした。写真だと、ちょっと判りづらいですね。
帰りもペンギン歩きでヨタヨタして、変な筋肉痛になりそう(爆)

八幡平(マリリン)

帰ってからマリリンも車外に出してみました。
眩しそうに目を細め「いつの間に冬に・・・?」って感じ?(笑)

(明日に続く)

※アスピーテラインは10月21日(月)より、17:00〜翌朝8:30まで夜間通行止となります。

撮影:Nikon D60/ラストのマリリンだけスマホカメラ(Xperia Z SO-02E)


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2014年06月08日

SL銀河と宮守川橋梁

道の駅【みやもり】に到着したのは13:15頃。ここは初じゃないけど、念のため写真を撮ったり、物産館(というよりスーパーっぽいんですけど)を見て回ったり、わさびソフトクリームを食べたり(笑)

宮守川橋梁 SL銀河 運行時刻

めがね橋こと【宮守川橋梁】の写真を撮っていて、ふと気づいた。今日、日曜日だからSLが走るのでは? でも、それにしては鉄道マニアらしき人が少ないような気もする。どっかに運行時間書いてないかな〜? とあたりを見渡すと、ちゃんとありました。
14:34。んー、あと30分以上あるなぁ〜。どーしよ。とりあえずマリリンと散歩するか。

小雨がシトシト降ったり止んだりで落ち着かない天気。そうこうしてるうちに、あっという間に道の駅の駐車場は満車、わらわらと人が集まって来た!
マリリンをクルマに帰して、どこで撮ろうかな〜と観光客の視線を探ると、どうやら(道の駅を背にして)左から右に走ってくるようだ。道路をわたってみたり、橋の下に降りてみたりしたけど、それほど場所取りにギスギスしてる感じじゃないのがいい。
悠長に構えているうちに、いきなり走ってくるかも知れないので結局ありきたりなポイントにしゃがんで待つ。と、すぐ音が聞こえて来た。

SL銀河 SL銀河

ボォ〜〜〜〜〜・・・
あっちゅー間だった(笑)

右手にデジイチ、左手にスマホで録画! がんばったよ!ヾ(´▽`;)ゝ →YouTubeにアップしてます

JR釜石線【SL銀河
これって今年(2014年)4月12日から運行し始めたんですね!
岩手県営運動公園内の交通公園に展示保存されていた蒸気機関車 C58形(239号機)を動態復元させたんだそうです。
SL銀河 - Wikipediaより)

花巻〜釜石を結び、土日のみ運行、1日1便! おおよそ土曜日が下り(釜石行き)、日曜日が上り(花巻行き)となっています。


【宮守川橋梁】土木学会選奨土木遺産/近代化産業遺産/恋人の聖地
現在の橋の手前(道の駅側)に朽ちかけた橋脚が3基遺っていて、旧橋は宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』のモチーフになったことでも知られています。
また、毎週金・土・日曜日と指定日の日没後から午後10時までライトアップされます。
宮守川橋梁 - Wikipediaより)


SL銀河ポスター


撮影:Nikon D60

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2014年06月09日

遠野探訪・倭文神社〜常堅寺とカッパ淵〜伝承園

道の駅【遠野風の丘】 遠野かっぱロード案内板

柳田國男著「遠野物語」で有名な遠野市を久しぶりに来訪。
遠野物語 - Wikipedia

実はわたしの地元・菊池市と遠野市は友好都市。
俗説によると菊池一族の一部が遠野に逃れ住んだといわれていて、今でも遠野市には「菊池姓」がものすごく多い。それで、何か史跡とか文献とかないのかな〜と観光課に聞いてみたのですが・・・結論から言えば、何もないと。

「菊池姓」も、明治期に戸籍が作られたときに、それまでの姓から菊池姓に変えた人もかなりいたらしい。まぁ落ち延びておいて堂々と「菊池」を名乗るのはリスキーだってのは分かるけど。どこかに家系図とか残ってないのかなぁ。

遠野市のホームページには、
熊本県菊池市の(当時)市長夫人が当市に縁があることを知り、平成6(1994)年6月2日に行われた全国市長会で遠野市長が熊本県菊池市長と対談したことをきっかけに両氏の交流が始まり、友好都市として調印。
とある。菊池一族、まったく関係なかった(爆)


倭文神社(鳥居) 倭文神社(狛犬)

案内図を見ていたら【倭文神社】の文字を発見。一昨年、鳥取の東郷湖近くの【倭文神社】にも参拝し、珍しい名前だから何かご縁があるのかな〜と行ってみることに。
ちなみに、こちらは「ひどり」と読みますが、あちらは「しとり」。

道が狭く駐車場もないので、ご近所の方にお願いして駐車させていただきました(-人-)

倭文神社(拝殿) 倭文神社(由緒書)

鳥居をくぐった時は雑草が生い茂って、ちょっと躊躇したのですが、境内は清々しい感じ♪
公式サイトはないのですが、個人サイト【倭文神社 (遠野) - 玄松子の記憶】に詳しく載っています。
倭文神社 - Wikipedia

倭文神社(杉) 倭文神社(普賢社)

とても立派な大杉。凍裂でしょうか? それにしても真横に割れるって珍しいような。

にゃんこ

参拝後、クルマに戻ったら下ににゃんこが!「危ないよ〜」って声をかけたら、グルグル喉を鳴らしてスリスリ〜、ゴロゴロ〜。な、なんですかこの可愛い仔ちゃんは!。・。・°★・。・。☆・°・。・°(≧∇≦)。・。・°★・。・。☆・°・。・°

戯れてたら、また別のご近所さんが声をかけてくれて、いろんなお話を聞かせてくれました!
それはまたの機会に。


ホップ畑 常堅寺 案内板

【カッパ淵駐車場】に停めて、てくてく歩いて【常堅寺(じょうけんじ)】へ向かいます。
道々、ホップ畑が広がっています。これが遠野ビールになるんですね! (´ω`*)

常堅寺(山門) 常堅寺(本堂)

常堅寺は曹洞宗の寺院で、山号は蓮峰山。室町時代の延徳2年(1490年)4月、多聞秀守を開山として創建したとされる遠野郷十二ヶ寺の触頭です。
常堅寺 - Wikipediaより)

写真:左=早地峰神社(旧妙泉寺)より明治初期に移された山門は八脚門。伝慈覚大師(円仁)作の仁王像があるのですが・・・。何と言うか・・・お顔がすごくお茶目なんです。んで、身体もどことなく固いというか・・・プラモデルみたいというか・・・(^o^;
圓仁 - Wikipedia

常堅寺(十王堂) 常堅寺(カッパ狛犬)

十王堂を護る【カッパ狛犬】は全国唯一。遠目には分からないけど、頭頂部にお皿を表す凹みがあります。
常堅寺の火事を消して狛犬になったという伝説に基づいているらしい。
倭文神社で出会った地元の方によると、カッパ2匹が火事を消そうとするのを、住職が「世の中を新しくするには古いものは燃やした方がいい」(というようなニュアンス)と止めた、という伝承も残っているんですって。

常堅寺(狛犬) 常堅寺(鐘楼と狛犬)

そういえば常堅寺の狛犬(左/吽)には角が生えてますが、それも珍しいような。
狛犬 - Wikipedia

常堅寺(カッパ淵の橋) 常堅寺(カッパ淵)

ここが、かつてカッパが多く住み、人々を驚かしたという伝説がのこる【カッパ淵】。倭文神社で出会った方が子どもの頃(おそらく40〜50年くらい前)は、もっと鬱蒼としていて川も深く、いかにもカッパが棲んでいそうだったそう。灌漑であちこちに水を引いたので、今のように水かさが減ってしまったらしい。

常堅寺(カッパ淵 案内板) 常堅寺(カッパ捕獲許可証?)

【カッパ捕獲許可証】ってヾ(´▽`;)
「こんなんで釣られるか。カッパなめんなよ!」(笑)

常堅寺(カッパ淵 全景) 常堅寺(カッパ淵の祠)

カッパの神を祀った小さな祠。カッパの神は乳の神であり、乳児のある母親が母乳の出がよくなるように、赤い布で乳房を模したぬいぐるみのようなものが奉納されています。
カッパ淵 - Wikipediaより)

この祠の中に、おじぃちゃんの写真が(Vサインしてる・笑)あるのですが、地元の方でしょうか? 「カッパじぃちゃん」とか呼ばれて生き字引的な?(笑)


伝承園(交通安全カッパ) 伝承園(案内地図)

また戻って、駐車場からすぐの【伝承園】(入場 大人320円)へ。
伝承園 - Wikipedia

伝承園(南部曲り家) 伝承園(菊池家住宅)

遠野地方の民俗の伝承を紹介している。館内で流していたビデオ「むかしの暮らし」(NHKの番組?)に、ついつい見入ってしまった。タイトル撮り、昔の金ヶ崎の暮らしぶりを四季を追って紹介しています。30分くらいかな?

伝承園(養蚕の資料) 伝承園(オシラサマ説明板)

娘と馬の悲恋物語が、どうして【オシラサマ】に繋がるんだろ? と思ったら、『聴耳草紙』にはこの後日譚があり、天に飛んだ娘は両親(あれ?母親はいなかったような?)の夢枕に立ち、臼の中の蚕虫を桑の葉で飼うことを教え、絹糸を産ませ、それが養蚕の由来になったんだそうな。
おしら様 - Wikipediaより)

伝承園(オシラサマ) 伝承園(養蚕)

遠野の倭文神社は「文殊様」と呼ばれて元は違う社名だったようですが、本来、倭文神社は機織り、ひいては養蚕の神様。ここで繋がりました。

伝承園(水車) 伝承園(湯屋)

個人的には、
・菊池家住宅 - 南部曲り家、国指定重要文化財。
・御蚕神堂 - 養蚕の神「オシラサマ」1000体が安置されている。
ここがツートップ。
ほか、
・佐々木喜善記念館
・水車/湯屋
・染工房/工芸館/公民館
など。そう広くはないです。


今度は早池峰山(はやちねさん)にも行きたいなー。かれこれ15年くらい行ってないや。

*過去ブログより*
・2012年05月26日 写真で綴る『倭文(しとり)神社』(鳥取)
・2007年09月13日遠野 常堅寺『カッパ淵』

撮影:Nikon D60/1枚目の道の駅のみスマホカメラ(Xperia Z SO-02E)


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posted by しう@SOTO at 23:41 | TrackBack(0) | 岩手

2014年06月10日

日本三大鍾乳洞・龍泉洞

またしてもMacBook Pro不調で起動せず・・・(T△T) PowerBook G4で頑張ってます。とほほ〜

国指定天然記念物/日本三大鍾乳洞【龍泉洞
写真メインでお送りします!

龍泉洞(入口) 龍泉洞(地図看板)

別名:岩泉湧窟(いわいずみわっくつ)。総延長約1,200m、高低差約249m!
秋芳洞(山口県美祢市)・龍河洞(高知県香美市)と共に「日本三大鍾乳洞」の一つに数えられる。
龍泉洞 - Wikipediaより)

龍泉洞(石)

方角と時刻を表していると言う【五郎兵衛石】は、明治時代に岩泉村の三田地五郎兵衛が建立。五郎兵衛さんは龍泉洞の上にある【五郎兵衛穴】の発見者。

龍泉洞(2) 龍泉洞(1)

「ドラゴンブルー」と称される美しい地底湖は、龍泉洞地底湖の水として【名水百選】のひとつに選定されています。

龍泉洞(3) 龍泉洞(4)

洞内はとってもヒンヤリ。ほどよく湿度があるため、凍てつく寒さではないです。空気が冴えて、気持ちいい。

龍泉洞(6) 龍泉洞(8)

急勾配の細長い階段を下りたり上ったり。足腰が丈夫で、なおかつ高所OKじゃないとツライです(^o^;

龍泉洞(5) 龍泉洞(7)

どうやら【恋人の聖地】を意識しているようですが、写真に撮るとアヤシさ倍増なライトアップ(笑)

龍泉新洞(入口) 龍泉新洞(出口)

道向かいの【龍泉新洞】は「情報の流出を防ぐため」撮影禁止。そのせいではないでしょうが、入場者がほとんどいません。ちょっと怖い(^o^;

熊本の【球泉洞(きゅうせんどう)】に行った時は、研究員の方が「写真も動画もどんどん撮ってください。ネットにもどんどん載せてください(^o^)」って感じで好感度がかなり上がったんですけど(笑)、どうやらこっちは「マジのやつ」っぽい。
(2014年02月04日【九州最大の鍾乳洞・球泉洞】)

規模は小さいし設備もライトアップも必要最小限という感じ。ダイナミックさには欠けるけど、鍾乳洞としての見応えは引けをとらないと思います。フローストーン、カーテン、ストロー、石筍もいっぱいあるし。
ここから土器や石器、動物の骨などが出土しています。
岩手県内では最古のものと言われているらしく、地質学/考古学/洞穴学などから見ても貴重な資料であるため、撮影禁止になっているんですね。
【日本の地質百選】にも選定されています。


龍泉洞(渓谷2) 龍泉洞(渓谷1)

たっぷり2時間近くも満喫し、【Ponte(写真:右の建物)】で【初恋ソフトクリーム】を食べて(笑)、清水川の渓谷沿い遊歩道をマリリンとお散歩♪
天気はいまひとつだったけど、マイナスイオンたっぷり〜で美味しい空気いっぱい浴びました(*´▽`*)

その後は、お隣(1km弱)の【龍泉洞温泉ホテル】で日帰り入浴♪
道の駅【いわいずみ】から約8kmです(^_^)

近年では、同じ岩泉町内にある【安家(あっか)洞】が日本で最長の洞窟だと言われているらしいので、次回はそちらにも行ってみよう。
安家洞 - Wikipediaより)

撮影:Nikon D60


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posted by しう@SOTO at 23:12 | TrackBack(0) | 岩手