2011年11月21日

多賀大社

多賀大社(1) 多賀大社(2)

「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」の俗謡でも知られる『多賀大社』へお参りして来ました。
多賀大社 - Wikipediaの解説

ご祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。
なので、伊勢神宮のご祭神である天照大神(アマテラス)=イザナギ&イザナミの子=お多賀の子、というわけです。
『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とあるのが、多賀大社のことだそうです。

多賀大社(3)

天正16年(1588)、豊臣秀吉が「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母の延命を祈願し、それが成就したとして社殿改修を行うとともに大名に与えるに等しい1万石を寄進しました。
この石造りの太鼓橋(大僧正慈性により寛永15年(1638)造営)は「太閤橋」とも呼ばれています。

多賀大社(5) 多賀大社(4)

今日は朝からぐずついた天気だったのですが、南(多賀大社方面)が明るかったので「きっと着く頃は晴れてるだろう」な〜んて調子に乗ってたのですが、境内に入ったらサーっと雨が…。傘、持ってこなかったよ…。
神馬さんは雨に濡れてもいいからお外に出てみたいと申しております。たぶん。

多賀大社(6) 多賀大社(7)

そんなに長くは降らないだろうと休憩所でボーっと待つ。
休憩所内には奉納されたと思われるたくさんの額や絵、しゃもじなどが飾られていました。
雨が降らなかったら、きっと見逃していたことでしょう。
お隣にはお茶屋さんもありましたよ。新蕎麦もありましたよ。

ちなみに、なぜ『しゃもじ』?

元正天皇の養老年中、帝の病気平癒を祈念して多賀社の神官たちが強飯(こわめし)を炊き、シデの木で作った杓子を添えて献上したところ帝の病が全快したことから、霊験あらたかな無病長寿の縁起物として『お多賀杓子(おたがじゃくし)』というお守りとして杓子(しゃもじ)を授ける慣わしが始まったそうです。
これが「お玉杓子(おたま)」や「おたまじゃくし」の名の由来とされているんだとか!

ちなみに帝の杓子のモトとなった木の枝を地に差したところ根が生え、やがて大木に育ったらしいです。
多賀社より数キロ西にある『飯盛木(いもろ-ぎ)』がそれで、飯盛木には『男飯盛木』と『女飯盛木』の2本があるんですって。今、知った(爆)

多賀大社(8) 多賀大社(9)

10分ほどで雨が止んだので、拝殿へ。
元和元年(1615)に社殿が焼け落ちてしまったそうですが、寛永10年(1633)徳川家光の命による再建が始まり、5年後に完成。昨日訪れた南宮大社も家光の再建ですよ。いやらしい話、かなり投資してますよ。
ところが安永2年(1773)にまたも焼失! 天明2年(1782)にも火災に遭い、寛政3年(1791)には暴風で社殿が倒壊。江戸期の多賀社は災難続きだったそうな…。

多賀大社(紅葉) 多賀大社(お土産屋さん)

表参道から入ってすぐのところにあるモミジの葉の色づき方が、まるで虹色のようではないですか 。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・
参道にはお土産屋さんも数軒あり、またその先まで古き好き町並みが続いています。

多賀社は特に長寿祈願の神として信仰されたそうで、清酒『多賀』にも“延命長寿”って書いてありました。(買っちゃった…)

2011/11/21の虹 2011/11/21の彩雲

*オマケ*今日の虹と彩雲

撮影:左/ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A) 右/Nikon D60
   多賀大社の写真はすべてNikon D60


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posted by しう@SOTO at 21:23 | TrackBack(0) | 滋賀
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