2011年05月18日

安徳天皇西市御陵墓(参考地)

安徳天皇西市御陵墓(3)道の駅『蛍街道西ノ市』から県道34号を北上しつつ長門方面へ。
けっこうクネクネ山道だったので「しまった、国道435〜美弥〜国道316で長門市に出た方が早かったか?」と思いましたが、そっちは何度も通ってるのでまぁいいか〜と走っていたら、左側に目を引くものが。

安徳天皇西市御陵墓(参考地)です。
壇の浦の合戦で二位の尼に抱かれて入水した安徳天皇(享年8歳)の御遺骸を埋葬されたところといわれています。
MapFanWebの地図はこちら


安徳天皇西市御陵墓(1)安徳天皇西市御陵墓(2)

とてもじゃないけど入り口が狭くてキャンピングカーは入れなかったので、近くのバス停に停めさせていただきました。そりゃあもう、しば〜らくバスは来ません(笑)
バス停の名前は『天皇様』でした!!!

こんもりした森が、ちょっと円墳っぽく見えます。
残念ながら紙垂で守られている頑丈な門があり、中に立ち入ることは出来ません。

安徳天皇の陵墓参考地はここを含めて4ヶ所あるそうですが、参考地とはいえ天皇陵墓なので、宮内庁の管轄です。(立て看板があります)
壇ノ浦にある赤間神社(阿弥陀寺)内にも陵墓があり、1889年(明治22年)に陵墓治定されています。
(2011年02月06日のブログ『写真で綴る下関』)

安徳天皇西市御陵墓(4)
烏賊が渕/網掛の森の石碑。

海から引き上げられた安徳天皇の御尊骸と共に運んだ網の穢れをこの渕で洗ったところ、烏賊(いか)が2ハイ、渕の深みから生き返ったことから『烏賊ヶ渕』と呼ぶようになった。
また、網を田んぼの中の森に掛けたことから『網掛之森』と呼ぶようになったという伝承もあるそうです。

豊田湖の湖底から古刀が出土したこともあり、赤間神社が陵墓治定されていますが信憑性は未だ謎みたいです。
どうやら役所などが記載した公式サイトはないようなのですが、『安徳天皇西市御陵墓』で検索すると個人ブログがいくつか出てきますので、興味のある方はそちらをご参照ください。


余談ですが対岸には『豊田湖畔公園オートキャンプ場』もあり、俵山温泉までは陵墓から約4kmです。

撮影:Nikon D60


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タグ:歴史 史跡
posted by しう@SOTO at 23:24 | TrackBack(0) | 山口
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