2021年01月11日

2021年は新しい風になる

昨年コロナ禍で行動を制限されてからというもの、悶々とした日々を過ごしてきました。
キャンピングカーを住居兼仕事場とした魅力が半減したのです。実質的には半減以下です。
そもそも「家ごと移動できたら、どんなに素晴らしいだろう」と夢見て始めたキャンピングカー生活だったのに、いくらキャンピングカーで生活していても移動できなかったらただの家と変わらないじゃないか。しかも仕事も減ってるし。

とはいえ、これは仕方ない。将来、教科書に載るような事態です。
だからといってキャンピングカー生活をやめる理由までには至らない。だって、もう身に染み付いてしまってるんだもの。
「住宅」と比べて不便や面倒ごとも多々ありますが、足掛け15年も経ちますと、それも慣れというか「住めば都」状態なのです。
まぁまぁ年齢も重ねまして、心身の断捨離も進みまして、ミニマムな暮らしで充分なのです。

では、なにが「悶々」かと言いますと、それは旅に出られないということもありますが、それ以上に自分の人生、生き方、生き甲斐?「旅生活をしていない自分に価値はあるのか」って自問自答に終始することなのです。

収入とか安定とか、色んなものと引き換えに自由を選択してきた人生。その自由を奪われたら、何が残るのか?
正直、わたしは自分にまったく自信がありません。
地位も名誉も資産も実績も、何も持っていません。
ただ、今まで(たぶん日本では)誰もやっていなかったであろう「キャンピングカー生活」を、スポンサーもなくソロで「ふつうに」やっている、というのが自己満足としてあったのです。
子どもの頃から隅っこ族で、みんながやっている事よりも誰もやっていないこと、マイノリティであることが単純に好きでした。
誰もがやっていることは、わたしがやらなくてもいいことだ、と思ってました。
しかしそれが、「落ちこぼれ」と分類されることも、承知しています。
この世界には、そういう役割も必要なのだと、納得してもいます。

納得してはいますが、それに甘んじてとことん落ちこぼれるのは、また違うような気もします。
この世に生まれたからには、生をまっとうしなければならない。
まっとうする、とは、わたしにとっては「この世を謳歌する」ことなのです。
他の誰かがどうこう優劣をつけたりダメ出しをする権限はありません。わたし自身が決めるのです。
一般的にはクソみたいな人生と位置づけられようとも、どんなカタチであろうとも、泥の中から美しい花を咲かせる蓮のように、わたし自身が満喫したと納得することが至上なのです。
死ぬ瞬間、「あぁ、いい人生だった」と満足して微笑みながら眼を閉じたいのです。

そこで、この時代。
さぁ、どうする。

知らず知らずのうちに、わたしは15年のキャンピングカー生活をキャリアと勘違いしてしまったようだ。
「ふつうに」生活しているだけで、それを実績と思っている人などいない。
自分にはないと思っていた安定がそこにあって、それにしがみついていたのかも知れない。

今までの概念を脱ぎ捨てる時が来たのだ。
「キャンピングカーに住んで放浪の旅に出る!」と決意した、あの日のように。

山小屋から鞍岳



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posted by しう@SOTO at 00:00 | TrackBack(0) | 日記
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