2018年05月25日

龍の背に乗り神威岬

久しぶり〜にやって参りました、神威岬!ヾ(*´▽`*)ノ 何回目かなぁ? キャンピングカー生活をスタートした2005年に初めて訪れて以来、5〜6回は来てるんじゃないかな。

神威岬2018(01) 神威岬2018(02)

尾根沿いに遊歩道「チャレンカの道」(770m、強風時は立入禁止)が整備されています。清掃協力金は任意ですが100円以上をお願いしてます。

ちなみに神威岬は全面禁煙です。駐車場にもレストハウスにも喫煙所はありませんのでご注意を。

神威岬2018(03) 神威岬2018(04)

写真:左=振り返った風景。
写真:右=「女人禁制の門」。昔は、ここから先は女性は立ち入ることができませんでした。
恨みますぞいお神威さまよ、なぜに女の足をとめる」(江差追分)
日高地方の首長の娘チャレンカが源義経を慕ってこの岬まで義経一行の後を追ってきたが、既に海の彼方へ去ったことを知って身を投げ、神威岩になったという言い伝えがある。
チャレンカの嫉妬心が女を乗せた船を転覆させたことから、岬一帯が女人禁制の地になったとされる。
もっとも現実は、和人が岬から奥地へ定住することで、ニシン漁を始めとした権益を損なうことを恐れた松前藩による規制と考えられている。安政2年(1855)に蝦夷地一帯が幕府直轄下におかれると女人禁制は解かれ、奥地への定住が進んでいった。
神威岬 - Wikipediaより)

神威岬2018(05) 神威岬2018(06)

写真:左=あの先端まで、歩いて行きます。
写真:右=透き通ったセルリアンブルーの海は「積丹ブルー」と称されています。太陽が真上にあると、より蒼さが際立つんじゃないかな♪(この写真は14時半くらい)

神威岬2018(07) 神威岬2018(08)

写真:左=以前と比べると橋も立派になりました!
写真:右=7月初旬〜中旬にはエゾカンゾウやエゾスカシユリも咲き始めますよ〜。

神威岬2018(09) 神威岬2018(10)

【念仏トンネル】の由来
大正元年(1912)10月の天皇誕生日に灯台長婦人と三歳の次男、補助員の奥さんがお祝いの食料品を買い出しに余別まで行く途中、大波に飲み込まれ行方不明になってしまいました。
村人たちはこれに心を痛め、協力してトンネルを掘る事になり、手にタガネ、ハンマー、そして掘り出した岩を運ぶモッコなどの道具を持って集まりました。光が届かない真っ暗な中を両側から手掘りで掘り進むうちに食い違いが生じ、一時は工事が中断しましたが、村人たちが念仏を唱えて鐘を打ち鳴らしたところ、その音で掘り進む方向が分かり工事が再開できたそうです。このため途中で2度折れ曲がっています。

7年の歳月をかけ大正7年(1916)に完成、灯台職員や家族、そして灯台を訪れる人たちの安全が守られました。神威岬灯台は昭和35年(1960)の無人化になるまで、職員90人とその家族により守られました。

内部は真っ暗ですが、念仏を唱えながら通ると安全であると言い伝えられています。
(後に出て来る案内板と、Wikipediaの記述を併せて記載しました)

左側の大きめの穴かと思ったら、右側の小さな穴の方でした。もうだいぶ埋まりかけてます。

神威岬2018(11) 神威岬2018(12)

神威岬の尾根は、まるで龍のよう。龍の背に乗っているような気持ちになります(´ω`*)

神威岬2018(13) 神威岬2018(14)

ごく一部ですが、神威岬にはこのような場所もあります。地面(砂礫?)がむき出しで、人工物の跡らしきものもあります。

神威岬2018(15) 神威岬2018(16)

写真:左=神威岬灯台。日露戦争時にはロシア艦隊の来襲に備えて監視所が設けられていたそうです。
写真:右=右下の写真がそれかな?

以下、案内板より↓
神威岬は風光明媚な景色を堪能させてくれる一面、古くは西蝦夷三険岬のひとつとして、また航海の難所として知られています。
灯台ができた明治21年(1888)には職員3名が勤務し、灯台に辿り着くには余別の集落から片道4kmもの険しい山道を登ったり降りたりしていました。
特に、岬に近づくと崖が続き、一歩踏みはずせば海に落ちてしまう怖いところが何ヶ所もあり、子どもや女性にとっては困難を極め、灯台の職員家族や灯台を訪れる人々は海岸の大きな石を飛び跳ねながら伝って歩くのが普通でした。
生活は、天水を溜め生活水として利用し、電気のない時代ですのでランプを灯し、食糧は自給自足が欠かせなかったようですが米・味噌・醤油・塩といった日用品は木船の備船で買い出ししていました。

神威岬2018(17) 神威岬2018(18)

写真:左=「一九五三年七月完成 小■阿■建設施工」。1953年といえば昭和28年。
写真:右=ようやく先端が見えてきました。人がたくさん集っております。

神威岬2018(19) 神威岬2018(20)

写真:左=ついに到着しました〜ヾ(*´▽`*)ノ
写真:右=何故かお賽銭がいっぱい投げ込まれてました。いつから始まったんだろう?
これだと集めるのが大変だから、お賽銭箱を設置した方がよさそう。崖から落ちたものもあるだろうし、緑色に変色したお金もたくさんありました。お賽銭は活かさなきゃ意味ないからね。

神威岬2018(21) 神威岬2018(22)

視界は周囲300度、水平線がうっすら丸く見えます!

神威岩の周辺は立ち入り禁止区域。でも猟師さんとかは行けるんじゃなかったかな。
以前、知り合ったお年寄りに聞いたら昔はあそこで釣りをしたりして遊んでたらしいです。

神威岬2018(23) 神威岬2018(24)

写真:左=さ〜、名残り惜しみつつも帰ります。
写真:右=左上に見えるのが「女人禁制の門」。向こう側に見えるのは余別岳なのかな?

神威岬2018(25) 神威岬2018(26)

写真:左=賽の河原方面を望む。

写真:右=レストハウス【カムイ番屋】。ソフトクリームが人気でした。
ここの「積丹ブルーソフトクリーム」は、以前は青く着色しただけだったけど、今はミント味になってた。

駐車場(レストハウス)から神威岬までの往復は、ささっと歩けば30分くらいです。女性でも40分くらいかな。
まぁわたしは写真を撮りながらボチボチ歩いたので1時間かかってますが(´▽`ゞ

神威岬への入口ゲートは時期により開閉時間が変わります。
5月は8時〜18時。神威岬から見る夕陽は格別だろうな〜と思うけど、タイムオーバーです(´・ω・`)

積丹観光協会

撮影:Nikon COOLPIX P900




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*近隣に関連する過去ブログ記事*
・2005年08月02日【余市から積丹半島・神威岬
・2006年08月28日【余市〜積丹まわりでニセコへ
・2007年08月29日【神威岬〜神恵内〜岩内〜蘭越〜黒松内〜島牧
・2010年09月27日【ぐるっと積丹
・2013年06月26日【神恵内の海と積丹グルメ
・2012年07月04日【神威岬・積丹ブルー

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posted by しう@SOTO at 20:19 | TrackBack(0) | 北海道
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