2017年08月09日

斜里町を満喫・後編(来運神社と越川橋梁)

斜里市街地から約10km、いずみの森 来運公園(来運神社)にある来運の水≠汲みに行ってきました♪
昨日のルートからすると札弦に戻るような感じです。

来運神社(1) 来運神社(2)

お久しぶりですヾ(*´▽`*)ノ こちらへ来るのは何度目でしょうか? 4〜5回は訪れていると思います。

写真:左=丸太でできた鳥居が歴史を物語るとともに、祖父母が出迎えてくれるような優しい雰囲気を醸し出しています。

写真:右=こちらが湧水汲み場。
来運地区は明治32年に開墾され、それ以来、森の泉から湧き出る澄んだ水は、地域住民には欠かせない恵みの水となりました。
この来運の水は、秀峰 斜里岳に積もった雪が数十年の歳月を経て湧き出ていると云われ、その湧出量は毎分5トンを誇っています。
水温は摂氏6度前後で夏は冷たく冬は凍らない「名水来運の水」として広く愛飲されています。
この来運の水を飲むと「運がいいことや願い事が叶う」とも云われています。
あなたも飲んでみませんか。きっと運(しあわせ)がやって来ると思います。
(来運自治会設置の案内板より)

来運神社(3) 来運神社(4)

二の鳥居も丸太です!
清流を渡って、来運神社へ向かいます。橋(運水橋)が老朽化しているので、足下にお気をつけてゆっくり渡ってくださいね。

来運神社(5) 来運神社(6)

しんと静まり返った森の中ですが、参道の草刈りなどきちんと整備されています。
両側にマイヅルソウが群生していました! 7月中旬くらいまでなら花が見れただろうなぁ〜。

『来運』という地名の由来は、アイヌ語の「ライクンナイ」から。ライクンナイとは、「死者の沢」を意味します。
これだけ聞くと怖い感じですが(^_^;アイヌ民族特有の思想で、死者は「恵みの神の後継者」を意味しているんだそうです。
つまり、この沢は恵みの神がもたらすものとも言えるのではないでしょうか?

写真:右=小高い丘の上の、こぢんまりとした簡素な社殿。こちらが来運神社です。周囲は澄んだ空気に包まれています。

来運神社(7) 来運神社(2012)

写真:左=キラキラしてます.。・:*:・°`☆、。・:*:・°`

残念ながら由緒が不明なので御祭神も分からないのです。
でも個人的には確かに「幸運」を実感する出来事があったので、恵みの神様は願い事をちゃんと聞いてくれていると思います(´ω`*)

写真:右=2012年の写真です。絵馬を掛ける棚?があったのですが、今年は朽ちてしまったようで小屋の脇に立てかけてありました。

来運公園の駐車場は砂利ですが、普通車なら10台くらい停められると思います。トイレあり。
お守りや絵馬は道の駅【しゃり】で販売していますよ。

近くの【そば処 らいうん】が定休日だったのが悔やまれる・・・!
次回こそは!(火、木、土、日の11:30〜14:00営業だから、なかなか行けない)

越川橋梁(1) 越川橋梁(2)

お次は【知床博物館】で見たビデオ「ある廃線」の舞台、越川橋梁へ。

以下、案内板より↓
第一幾品川橋梁(越川橋梁)
この橋は旧国鉄根北(こんぽく)線のために昭和14年(1939)に着工完成した10連アーチ橋で、全長147m、高さ20mあり、当時のコンクリート建築技術を伝える建造物として、また戦時下の過酷な労働を伝える歴史遺産として貴重なものです。
根北線は昭和32年(1957)に斜里〜越川間が開通しましたが越川橋梁までは線路が延びず、昭和45年(1970)に廃線となっています。
その後、昭和48年(1973)の国道244号線の拡幅工事のため橋脚が2本撤去され、現在の姿になりました。

昭和48年までは、国道244号線はこの橋梁をくぐっていたのです。

越川橋梁(3) 越川橋梁(4)

根北線は釧網本線の斜里駅(現・知床斜里駅)と標津線の根室標津駅を結ぶことを目的に建設された路線で、線名の「根北」は根室国・北見国の意味です。
根北線 - Wikipediaより)

国道244号線を造るとき、何で10連アーチ147mを迂回しなかったのかなぁ。
拡張すると決まったとき、迂回する案はなかったのかなぁ。
地形的にも迂回できないことないと思ったんだけど、それは素人考えなのかなぁ(´・ω・`)

越川橋梁(パノラマ1) 越川橋梁(パノラマ2)

ケータイカメラに外付け魚眼レンズをセットしてパノラマモードで撮ってみた!
(わたしが使っているのは【4in1 カメラレンズキット クリップ式】)

越川橋梁(5) 越川橋梁(6)

橋脚の足下に花が手向けられていました。意味は分からないけど、造花じゃなくて生花であることに思いの深さが現れている気がします。

知床博物館(ビデオ「ある廃線」1) 知床博物館(ビデオ「ある廃線」2)

知床博物館でビデオを見た後だから、よけい泣ける。
(ちなみに写真撮影OKでした)

知床博物館(ビデオ「ある廃線」3) 知床博物館(ビデオ「ある廃線」4)

昭和40年代といえば、まだまだベビーブームというか子どもがたくさんいた時代のはずなのに、北海道の歴史を見るとピークは明治〜昭和初期で、戦後から徐々に都市集中型になっていってます。

越川橋梁(7) 越川橋梁(8)

川に架かっている方の橋脚わきに、川岸まで下りられるようにロープが下がっていました。もし見に行かれるなら、自己責任で!
笹薮なので足下に気をつけて、ダニ対策もお忘れなく。
今は樹々に隠れていますが、落葉樹なので初冬なら全貌が見えやすいと思います。

すぐ近くに秘湯・越川温泉がありますが、チラっと(クルマで)敷地に入っただけでUターンしてしまいました。
なんか、雰囲気が・・・勇気がなくて済みません!!!

撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



*近隣に関連する過去ブログ記事*
・2012年07月30日【オシンコシンの滝
・2012年08月16日【斜里町『来運神社』の湧水
・2014年09月13日【摩周湖〜神の子池〜来運公園〜知床ウトロの夕陽
・2015年08月04日【阿寒湖を拠点に観光案内(1日目)
・2017年06月26日【小清水原生花園2017
・2017年08月08日【斜里町を満喫・前編

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タグ:神社 遺構 湧水
posted by しう@SOTO at 23:33 | TrackBack(0) | 北海道
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