2017年08月08日

斜里町を満喫・前編(斜里神社・知床博物館など)

道の駅摩周温泉 道の駅摩周温泉からの眺め

美幌峠を下りて、道の駅【摩周温泉】で一休み。川向こうの【ペンションBIRAO】で日帰り入浴して、その後は裏摩周湖に泊まるつもりだったんですが・・・
「あっ、今日は鉄腕DASHの日だ」ってんで、そのまま摩周温泉に停泊(笑)

今にして思えばね、テレビ番組よりも裏摩周の星空を取るべきだったんですよ。
ここのところ台風の影響でず〜〜〜っと曇りなんだけど、この日の夜は晴れてたんですよ。
(右の写真は夕暮れどき)

翌日、裏摩周に行ったら霧ですから。ええ。
とても晴れそうにないし、ここで停泊してもなぁ〜と先へ進むことにしました。
さすが夏休みがはじまったこともあって、霧の裏摩周でも次々に観光客が来ていたので、たぶん【神の子池】も混んでるだろうからスルー。
道道1115号(摩周湖斜里線)から砂利道に入って行くのですが、道幅が狭いから混んでる時に大型キャンピングカーで行くのは忍びない。また今度。

*神の子池はこちらの記事に載せてます↓
・2014年09月13日【摩周湖〜神の子池〜来運公園〜知床ウトロの夕陽
・2015年08月04日【阿寒湖を拠点に観光案内(1日目)

斜里町 レッドホットチリペッパー キーマカレー

道の駅【パパスランドさっつる】で停泊していたら、ちょうど青森のキャンパー仲間Tさんから「斜里町に行くならココに行ってみて」と情報をいただいて、道の駅【しゃり】から徒歩3分ほどのタイ・ベトナム料理店【レッドホットチリペッパー】(リンク先は【食べログ】です)で遅い昼食。
何故、斜里町でエスニック料理?という疑問はさておき、オーナーさんは元旅人なのです。
ゆっくりお話できればよかったのですが、なんとたまたま今日がオープン記念日で全品半額!!(Tさんも知らなかった)
オーナーさん一人でたくさんのオーダーをさばいていたので、またの機会に〜。

キーマカレー、辛いだけではなく旨辛! グリーンピースの味もちゃんと分かる辛さです。
スパイスが絶妙でとっても美味しかった(´ω`*)
夜メニューもあるので、次回は晩ご飯を食べに行ってみようかな。

斜里神社(1) 斜里神社(2)

食後の運動に、歩いて【斜里神社】へ参拝。

写真:左=石碑「鎮守斜里神社」の文字が、神社の石碑としては可愛くて味わい深くて、なんか惹かれる!
中川清風さんという書家さんの字です。

写真:右=「野外ステーヂ」ってのがまたいい。
右側の赤い鳥居は【妙見神社】。大正12年(1923)7月22日、斜里町の牛馬に係る有志が福島県相馬市中村に鎮座する相馬妙見・相馬中村神社より御分霊を拝受し、斜里町にお祀りし家畜の守護神として崇敬されているそうです。(石碑「斜里妙見神社の由来」より)

斜里神社(3) 斜里神社(4)

斜里神社の御祭神は、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)。

寛政8年(1796)、斜里場所請負人だった村山伝兵衛が弁天社を寄進したのがはじまりで、当時は「漁場の守護神」として海上神・住吉大社を祀っていたそうです。
明治時代になってから「開拓の守護神」として天照皇大神が祀られ、昭和11年(1936)に海を背にして建てかえられたのが現在の斜里神社です。
斜里神社 - 斜里歴史散歩/斜里町商工会 地域振興委員会より)

灯籠に刻まれてる字もどこか可愛いし(天保5年だから中川清風さんではない)、狛犬さんもこの表情! 少年漫画の主人公みたい(笑)
親しみ深い雰囲気いっぱいの神社でした。

斜里町(本行寺) 斜里町(ゆめホール)

写真:左=さらに博物館を目指して歩いていると、ドーーーン!と立派なお寺(本行寺)が〜!!
斜里町には他にも立派なお寺があって、かつては住民が多かったんだろうな〜と想像できます。

写真:右=ここが博物館ね! と思いきや、斜里町公民館【ゆめホール知床】でした。
これが公民館=I? 超立派〜〜〜!!!

斜里町(SL) 斜里町(SL)

公民館の隣の芝生広場には、SL(9600型)が展示されていました。
大正2年(1913)から昭和16年(1941)までの間に量産された、キューロクとかクンロクの愛称で呼ばれ親しまれた貨物用機関車です。
ボイラーの位置が高く火床の面積を広くとっているのは、たくさんの貨車を引っ張るために大きな馬力を必要としたからです。
そのため煙突が短く、ドームが平たく、動輪が小さくなっているのが特徴です。(説明板より)

この記事を書いている今日(8/10)、北海道で活躍したSLが栃木の鬼怒川で復活したというニュースが流れました。
2度目の復活だそうで、映像を見ていたら感動と同時にワクワクしました!(*´▽`*)

SL運転復活プロジェクト SL「大樹」 - 東武鉄道ポータルサイト

斜里町立知床博物館(1) 斜里町立知床博物館(周辺案内図)

やっと【斜里町立知床博物館】に到着。森を抜ければ近かったのね。
高校生以上 300円、中学生以下無料!

斜里町立知床博物館(2) 斜里町立知床博物館(3)

縄文時代にはじまり近世まで、様々な遺物や史料、剥製などが展示されています。
本当に多種多彩!

創建当時(1796)の斜里神社本殿も展示されていました!
斜里町にある、もっとも古い建造物にあたり斜里町の文化財に指定されています。

斜里町立知床博物館(4) 斜里町立知床博物館(5)

わたしのお目当ては(これもTさんに教えてもらったのですが)、このビデオ。
昭和33年〜45年?くらいの、NHK放送の番組です。4本あるのですが抜粋らしく、1本10〜15分程度。
映像も音声もかなり劣化していて途切れる部分があるのですが、当時の斜里町の暮らしを紹介する貴重な映像ですから、とても興味深かったです。
アナウンサーの語り口も今とは違うし、言葉の選び方にしても「それを言う?」って、今ならさしずめ炎上≠キるんじゃないかってくらいストレートでした。

内容は、漁業のことや知床横断道路の建設、また廃線になった根北線のことなどを取り扱っていました。
機会があったら是非、見てほしいです。

姉妹町友好都市交流記念館(1) 姉妹町友好都市交流記念館(2)

続いて隣の【姉妹町友好都市交流記念館】へ。入館料は知床博物館とセットなので、無料みたいなものです。
斜里町と姉妹友好都市である沖縄県竹富町・青森県弘前市の自然や文化を紹介しています。
斜里町は「ねぷた祭り」でも有名なのですが、てっきり青森からの入植者が多いからなんだろうなと勝手に連想していたら、まったく違った。

斜里町 しれとこ斜里ねぷたの紹介 - 斜里町役場より
1807年、北海道周辺に出没するロシア船に備え、幕府から斜里での警備を命じられた津軽藩士72名が、飢えと寒さにより死亡した【津軽藩士殉難事件】が起こりました。
その後、幾多の時代の変遷を経て、この歴史的事実が知られるようになり、昭和47年に【津軽藩士殉難慰霊碑】が建立され、慰霊が続けられてきました。
このことが縁となり、弘前市と昭和58年2月12日に友好都市の盟約が交わされ、門外不出であった「弘前ねぷた」が伝授されました。そして、「しれとこ斜里ねぷた」が昭和58年に初めて開催されました。

そうして毎年7月開催に【知床ねぷた】が開催されるようになり、祭りで運行される「ねぷた」をここに展示・保管してあります。

姉妹町友好都市交流記念館(3) 姉妹町友好都市交流記念館(4)

一方の沖縄県竹富町とは、日本列島の東北端と西南端にそれぞれ原始性豊かな「知床国立公園」と「西表石垣国立公園」を抱える両町それぞれの優れた自然環境を整備し、美しい豊かな日本の国づくりと人類生存の基盤である自然の保護に寄与しようと、昭和48年1月10日、姉妹町の盟約書を取り交わしました。
竹富町の姉妹町紹介 - 竹富町より)

姉妹町友好都市交流記念館(5) 姉妹町友好都市交流記念館(6)

機織り体験教室も行われていて、この日も2名の方が機織りをされていました。作品も展示されていましたよ。

斜里町立知床博物館(屋外) 斜里町立知床博物館(高山植物園)

屋外の野外観察園にも足を運びました。
写真:左=縄文式竪穴住居か? ちょっと怖くて近寄れない(´▽`;)
写真:右=高山植物園。コマクサもあった!(花はなかったけど)

斜里町立知床博物館(ワシ飼育舎) 斜里町立知床博物館(ワシ飼育舎)

鳥類保護舎には、保護したオジロワシやオオワシがいました。

斜里町立知床博物館(ワシ飼育舎) 斜里町立知床博物館(ワシ飼育舎)

彼らには狭すぎるけど、飛べるまでには回復しないのかも知れないと思うと、切ないけど仕方ないのかな・・・。
しばらく語りかけながら、ちょっとしんみりしてしまいました。

斜里町散策は後半へつづく→

撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)



*はじめての方はこちらもどうぞ*
 SOTO 松本周己 公式ウェブサイト
 TwitterFacebookInstagramYouTubeフォトライブラリー
 +SOTO+全国ご当地ソフトクリーム
 全国道の駅情報+SOTO+

人気ブログランキングへ ←応援クリックお願いします♪










posted by しう@SOTO at 22:12 | TrackBack(0) | 北海道
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/180594860
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック