2017年05月23日

村岡の町並み

5/22。道の駅【村岡ファームガーデン】から約1km、兵庫県美方郡香美町にある、村岡地区の町並み。存在は知っていたんだけど、いつもスルーしていたので今年こそはと立ち寄ることに。

村岡の町並み(1) 村岡の町並み(2)

村岡町は、かつて兵庫県北部の但馬地方に存在した美方郡の町。旧七美郡。2005年4月1日、周辺の美方町・城崎郡香住町と合併し香美町となったことにより消滅した。合併後、旧村岡町域は、地域自治区「村岡区」となった。
氷ノ山後山那岐山国定公園に含まれています。
村岡町 - Wikipedia

村岡の町並み(3) 村岡の町並み(4)

町並み保存地区というわけではないので、建物の保存状態は中途半端なところが多いけど、好きな方々ならパっと「あの建物は古い」とか「珍しい造り」とか分かるようです。

おとーさん(一級建築士)が隣で色々と解説してくれたけど、まったく覚えられない(笑)

村岡の町並み(大運寺/1) 村岡の町並み(大運寺/2)

商店街の、もっとも道の駅側に位置する【大運寺】。銀杏の巨木に惹かれて立ち寄りました。

村岡の町並み(大運寺/3) 村岡の町並み(大運寺/4)

以下、案内板より↓
妙見堂には「妙見さん」で人々に親しまれている北辰妙見菩薩をはじめ、鬼子母尊神三十番神、七面大天女などが祀られ、祈願するものの守護の善神として信仰されている。
延慶元年(1308)宗祖大士の九老僧、日範(にちはん)上人が山陰地方を布教巡ようし、美方町貫田に創設されたと伝えるが、永禄11年(1568)日恒(にちこう)上人の入寺まで、およそ260年間歴代の記録は明らかでない。
慶長6年(1601)法華経の信者、山名公の領地となり、公の庇護により、慶安元年(1648)現在後に移転した。
享保元年(1716)に焼失、現在の堂の建物は、明和2年(1765)に再建された。

さすが、どの石塔も歴史を感じる趣があります。墓石も自然石を用いたものが多かったです。

村岡の町並み(湯舟川) 村岡の町並み(マンホール)

目の前を流れるのは湯舟川。石積みの石は、きっとこの川から運んだのでしょうね。
上流に【村岡温泉】があり、それが湯舟川という名の由来になったのかな?

それから、村岡の町並みは「商店街」と書かれていますが、元は城下町であったそうです。
村岡藩武家屋敷も現存しています。
※現在も一般の方が暮らしているので中を拝見することはできません。

村岡藩(むらおかはん)は明治時代初期の藩のひとつ。但馬国七美郡を領した。藩庁は村岡陣屋に置かれた。
室町時代には全国の六分の一を支配した守護大名山名氏の末裔である山名豊国が、関ヶ原の戦いの戦功により、徳川家康から七美郡6700石を与えられたのが藩の始まりである。その後の領主は新田開発や産業の振興などをすすめて実高を増やしていき、1868年、明治政府によって1万1000石への高直しが認められて立藩した。
村岡藩 - Wikipedia

村岡地区 - 香美町村岡観光協会
観る・遊ぶ(観光スポット) | 香美町村岡観光協会

撮影:Nikon COOLPIX P900



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posted by しう@SOTO at 22:52 | TrackBack(0) | 兵庫
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