2016年02月19日

上津江・白草地区の年の神さま

酒呑童子山の湧水(1) 酒呑童子山の湧水(2)

キャンピングカー生活での飲料水は、もっぱら湧水です。今日は、ちょっと遠出して酒呑童子山のふもと、菊池からだと兵戸トンネルを抜けて【上津江フィッシングパーク】の手前から左折、川原川沿いの山道を登っていった左手にある岩清水を汲みに行ってきました。
先週の寒波の名残りか、岸壁からたくさん氷柱が下がっていました!

・2014年03月19日【お水を汲みに

年の神社(1) 年の神社(半鐘)

ふと思い立って、久しぶりに日田市上津江(旧・上津江村)の白草(はくそう)地区へ。
いつぶりかと過去ブログを調べてみたら、約4年ぶりでした!

・2012年04月30日【親戚との休日

もちろん今回も【年の神社】にお参り♪
写真:右=半鐘があることに初めて気がつきました! わぉ〜、今でも見られるなんて感動です!

村指定第五号 天然記念物
白草年の神境内地樹林

この地は通称“年の神”と呼ばれ、相垣越前守の墓を中心とする神聖な地である。
境内には神木と思われる榧(かや)の大木をはじめとする多くの天然自然木が樹生しており、カヤ、モミ、オオモミジ、ヒサカキ、スギ、ヤブツバキ、サクラ、カキなど二十数本が林立し、中には樹齢500年以上と推定される榧の老木がある。
これら数百年を経た大木群は「相垣越前守」の墳墓や「年の神社」の神地とも相俟って神秘的な樹林群を形成している。
昭和52年に「鎮守の森」として記念碑が建立され地元地区民の庇護の念も極めて厚い。


年の神社(2) 年の神社(欅?)

写真:右=カヤ(樹高約20m、幹周り3.5m)村指定天然記念物。幹が縦に割れてしまって痛々しくもありますが、根元に小さな幼木が育っています! まるで親鳥がヒナを抱いてるみたい(*´▽`*)

案内板を読んで初めて、ここが相垣越前守のお墓だと知りました。
お堂の背後に、それらしい石柱で囲まれた石碑があります。

村指定史跡「伝・相垣越前守の墓」
- 村誌などによれば - 元和6年(1615)卯巳5月 大阪城落城により秀頼公は九州の島津家を頼って下向、この折、随行者の中に「細川左京太夫直澄」という者あり。直澄は日向国諸方郡八代郷で滞在中、この荘司の「間部左近」の養子婿となり、八代郷の庄を知行する。寛永年間、直澄の子「間部越前守義直」は子細あって、その子(熊之丞義澄)に家督を譲り。この「津江」の庄に来る。
ここは“深山幽谷”“百草百木”生い茂り、高山森林の大木茂る別天地であった。義直は、この山間百草百木を伐り払い、土地を開拓し、家宅を営み、四方に葎・竹などで相垣を構え居住。よって、この里を「百草」(後に現代の「白草」となる)と名づけ、間部姓を改め「相垣」と呼ぶ。「相垣越前守義直」は、正保4年(1647)亥丁 正月6日、子息・熊五郎義信に家督を譲り、81歳の長寿でこの地に永眠するといわれる。前面には「白草年の神社」が祭祀され、部落民の信仰も厚いものである。

白草には、相垣越前守が愛用した鎧も保存されているそうです。

多聞天(1) 多聞天(イチョウ)

神社から200mほど、集落の奥へ入ると【多聞天】が祀られていました。いろいろドライブして小さなお宮さんも見てきましたが、多聞天を祀っているところは珍しいです。

ネットで検索しても適切なページが見つからなかったのですが、超ローカルな【上津江公民館だより(2015年10月号)】(PDFファイル)がヒットしました!
その中に「上津江の文化財(13) 白草の多聞天」という記事が掲載されていました。

記録によると白草地区は寛永元年(1624)に間部越前守義(相垣越前守)が移り住んだのが始まりとされ、同年に多聞天社建立とされています(略)
白草の多聞天社においては毎年7月20日に御願立、11月15日に御願成就の日として祭祀されてきました。


現在も続けられている流儀が珍しいとのことで、そちらも紹介されています。興味のある方は、リンク先をご覧ください!

撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)

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タグ:神社 巨木 湧水
posted by しう@SOTO at 22:51 | TrackBack(0) | 大分
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