2015年07月09日

おうまの一生

新冠と言えば、サラブレッドの町。・・・というのは、道の駅名(サラブレッドロード新冠)で知りました。
日高一帯を走っているとサラブレッドと思われる馬を放牧している牧場がたくさんあり、ほとんどの競走馬がここで育てられているんだと教えてもらいました。

そんな程度で競馬にはまったく疎く、名前くらいしか知らなかいんですが、「オグリキャップ」の記念館にKさん夫妻が連れて行ってくれました。

優駿記念館(1) 優駿記念館(2)

正式には【優駿記念館】。入館無料。
新しくて綺麗で、とても立派な建物です。館内には有馬記念をはじめとする優勝肩かけや馬服、記念写真のほか、全国のファンから寄せられたメッセージなどを展示してあります。(公式サイトより抜粋)

オグリキャップのお墓 馬頭観音像

その本館の正面に、名馬オグリキャップをはじめ13基の馬碑が並び、馬頭観音像も建立されていました。ちょうど7月3日(2010年)が命日だったので、たくさんのお花が供えられていて人気のほどが伺えます。

以下、【オグリキャップ - Wikipedia】より↓
1987年5月に笠松競馬場でデビュー。8連勝、重賞5勝を含む12戦10勝を記録した後、1988年1月に中央競馬へ移籍し、重賞12勝(うちGI4勝)を記録した。その活躍と人気の高さは第二次競馬ブームを巻き起こす大きな要因のひとつとなったといわれる。競走馬を引退した後は種牡馬となったが、産駒から中央競馬の重賞優勝馬を出すことはできず、2007年に種牡馬を引退した。

とっても優しい顔をしてます。館内に、こちらの牧場で余生を過ごしていた頃の写真がポストカードとして販売されていて、柵に乗ってるニャンコに頬ずりしてるのが微笑ましくって、つい買っちゃいました(*´Д`*)
他のお馬のポストカードが150円なのに対し、オグリキャップは180円。こんなところでも格差が。

新冠のとある牧場(1) 新冠のとある牧場(2)

そのあとKさんの友人が勤めているという、近くの牧場にも案内していただきました。
広〜い牧場の先でお馬さんたちが寛いでいたのですが、そのご友人が来たから「あれ、お迎えかな?」って感じで一斉に走って来た!Σ(°ロ°;)
馬は優しくて臆病な動物だとアタマでは知っていても、あの巨体で走って来られたらそりゃ怖いですよ!
思わず柵の外に逃げたら、向こうも「あれ〜? 何だ、違うの?」って感じでクルっと方向転換。また林の方へ・・・。
お〜い、待って〜。ごめん〜〜〜、こっち来てぇ〜〜〜ヾ(´Д`;)
「フン、何だよ勝手だな」=3

新冠のとある牧場(3) 新冠のとある牧場(5)

柵の外から少しずつ歩み寄って、やっとここまで触れ合えました(笑)
「呼んだだけかい」「何がしたいのかわからん」=3
不審そうに見つめるお馬さん(´▽`;)

新冠のとある牧場(4) 新冠のとある牧場(6)

右の写真のポニーさんは、前脚が曲がった状態で生まれて、今も治っていません。こうした場合は「殺処分」されるケースも珍しくない業界で、大事に育てられていることに心がほっこりしました。

−−−で、競走馬の話に戻りまして。
Sさんがしきりに力説するのです。オグリキャップよりも前に一大ブームを巻き起こした国民的名馬「ハイセイコー」の圧倒的スターぶりを。
何とな〜く、その名前は知ってます。確か、歌もありましたよね?「走れ、走れ♪」って・・・ん? あれは「コウタロー」か??? すみません、そんな程度でm(_ _;)m

で、そのアイドルホースのお墓が、オグリキャップと比べると見るも悲しい有様だと言うのです。
ちなみにSさんも競馬ファンではないのですが、その時代の大フィーバーを知る者として、新冠の住民として、「あまりにひどい」と嘆きお怒りなのです。
そのハイセイコーのお墓にも、連れて行っていただきました。

明和牧場(1) 明和牧場(2)

【ビッグレッドファーム明和】(明和牧場)にあるというのですが、いやもう、どっからどこまでが明和牧場の敷地なの?っていうくらい広い。ちょっとした「町」じゃない?
前述したように日高は牧場だらけなのですが、失礼だけど他の牧場とはまるで一線を画しています。とにかく広く、そして整備が行き届いていて芝生も綺麗だし「う○ち」ひとつ落ちてない。建物(厩舎)も立派。練習用の馬場も屋根までついてる。
驚いたことに、牧場の周辺だけ道幅が広いのも、牧場側が整備したらしいです。

※こちらは観光牧場ではないので、一般の見学はまず事務所に行ってからになります。時間なども決められているので、詳しくは公式サイトをご覧ください。どちらかというと業界関係者向けなのかな? 外から見るだけなら自由です。

ハイセイコーのお墓(1) ハイセイコーのお墓(2)

こちらが、ハイセイコーのお墓です。2000年5月4日没。看板も駐車場もない、知らなければ通り過ぎてしまいそうなくらい、牧場の端っこにありました。

以下、【ハイセイコー - Wikipedia】より↓
1972年(昭和47年)7月、大井競馬場でデビュー。同年11月にかけて重賞の青雲賞優勝を含む6連勝を達成。翌1973年(昭和48年)1月に中央競馬へ移籍し、「地方競馬の怪物」として大きな話題を集めた。
移籍後も連勝を続け、4月に中央競馬クラシック三冠第1戦の皐月賞を勝つとその人気は競馬の枠を超え、競馬雑誌やスポーツ新聞以外のメディアでも盛んに取り扱われるようになり、競馬に興味のない人々にまで人気が浸透していった。
5月27日に東京優駿(日本ダービー)で敗れたことで不敗神話は崩壊したが人気は衰えることはなく、むしろ高まり、第一次競馬ブームと呼ばれる競馬ブームの立役者となった。

今日は綺麗に草刈りしてありましたが、Sさんが初めて見た時は雑草に覆い隠されていたそうです。
実はお花(造花)も風か何かで散乱していたのを拾い集めたんです。お線香の残骸も散らばってました。他の馬碑に至っては、造花すら生けてなくて「放置状態」と見て取れます。
馬頭観音の石碑はありましたが、観音像はなし・・・。オグリキャップと比べてしまうのは、致し方ないです。

それまで馬産地を訪れる競馬ファンは少なかったそうですが、ハイセイコーが種牡馬となり明和牧場で繋養されるようになると、観光バスの行列ができるほど多くのファンが同牧場を訪れるようになったんだそうです(Wikipediaより)。
一大社会現象を巻き起こし、「ハイセイコーのお陰で新冠町が栄えた」と言っても過言ではないくらいなのに・・・と言われると確かに、記念館もないのは寂しいですね。
でも牧場の意向がもしかしたら「過去より未来」なのかも知れないし、記念館云々はハイセイコーのファンたちが陳情してしかるべきなので、何も知らないわたしが言うことじゃないです。

ただ、やっぱり個人的には、競馬業界は好きにはなれません。
ハイセイコーにしろオグリキャップにしろ、Wikipedia読んでたら切なくなった。
記念館やお墓なんてなくてもいい、こうして余生を全うできる競走馬はほんの一握りなんだろうな。

撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)

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posted by しう@SOTO at 23:11 | TrackBack(0) | 北海道
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