2015年01月23日

阿蘇四社のひとつ 健軍神社

阿蘇神社(阿蘇市)、甲佐(こうさ)神社(甲佐町)、郡浦(こうのうら)神社(宇城市)とともに【阿蘇四社】とも称される【健軍(けんぐん)神社】は、熊本市内で最古の神社と言われています。
実は近くの高校に通っていたんですが、初めての参拝です・・・(´▽`;ゞ

健軍神社(1) 健軍神社(2)

肥後国 くまもとの歴史】より
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欽明天皇19年(558)、阿蘇大明神を尊敬していた肥後国司・藤原法昌は、毎月、古府中(飽田国府)より健軍の杉馬場を経て、阿蘇に到り、阿蘇宮参詣を行っていた。ある年の冬、参詣の時、大雪が降り、身の縮むような厳しい寒さで進退窮まり、暫くこの地の椎の木の下で雪の晴れるのを待った。
国司は心底、ここに阿蘇大明神を勧請(かんじょう/神霊を移して祀る)し、老弱の者の阿蘇宮参詣の労苦を救いたいと思った。ちょうどその時、一株の杉の下に3歳ばかりの童子が突然姿を現し、国司に向かって『汝 阿蘇大神を尊信し、二心なく厳寒積雪を厭わず、此処に来たり。その上、衆人遠途の労を憐み、大神を此処に勧請せんと願う。神明何ぞ感応せざらんや。宜しく此処に勧請すべし。阿蘇宮は皇城鎮座ため東に向かって建つ。因って当社は夷賊新羅鎮座のために西向きに社を建て、健軍(たけみや)と号すべし。』と託宣し、いつの間にか姿を消した。国司は多いに驚き、朝廷に奏上して一社を創建して健軍宮とし、神領を寄付した。
(肥後国誌より)
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御祭神の多くは阿蘇神社と同じですが、もともとは境内にある国造社の神、「火(肥)国造」の祖である健緒組(たけおくみ)と見る説もあるそうです。この健緒組=【健軍大神】であるらしい。

有力豪族・土蜘蛛が背いたので、天皇が健緒組に命じて討たせ、その後、健緒組は「火(肥)君(ひのきみ)」の姓を賜りました。【国造本紀】によれば崇神天皇朝に火国造に定められたとされています。

健軍神社(3) 健軍神社(さざれ石)

健軍神社 - Wikipediaより↓
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初め健軍宮(たけみやぐう)や健軍村竹宮(たけみや)と呼ばれ、または十二社大明神とも称せられて、健軍荘(たけみやしょう/現在の日赤病院周辺や小峰や新外、江津湖周辺の広い地域)の産土神社であった。
明治6年(1873)に郷社に列し、昭和以降「たけみや」が「けんぐん」と音読されるようになり、地域名も託麻郡健軍村から熊本市健軍町となった。
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健軍神社(雨宮神社)

【雨宮神社】
御祭神は雨宮大神。
以下、立て看板より抜粋↓ 分かりやすいように、少し書き換えています。
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花山院宇寛和年中(985〜986)、肥後の国 託麻郡 健軍村(現在の神水)に三つの島がありました。
松島という、その川中に一つの霊石あり。この石、雨の気配を感じれば水中より浮き出て、また晴れならば水中に沈み、その石の形色尋常ならず。
「雨宮大神と祭りたまえば降雨あるべき」との神話に基づき、勅命ありて、今丑成家が松島に祭ればそのききめありて天下潤雨す。
この地の不浄を禁止し、神水(かみず)と唱えて、いつからともなく村名となり神水(くわみず)と称え、その後、雨宮大神(御霊石)を健軍神社境内に遷座す。

慶長年中(1596〜1615)においては、早魃(かんばつ)のみぎり、加藤清正公みずから素足にて祈雨歌を一首神前に奉り給えばききめありて降雨ありと記してある。
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昨日の記事【浮島熊野坐神社(浮島神社)】の後に健軍神社に参拝したのですが、その途中に【雨宮神社】があったので、もしかしたら霊石がもともとあった場所なのかも知れないと思いネットで調べてみたら、違いました(^_^;。
正式名は【西無田(西牟田/にしむた)雨宮神社】で、天文7年(1532)に浮島熊野座神社の分霊として建てられたのだそうです。

健軍神社(美和神社)

【美和神社】
御祭神は大物主大神・三穂津姫命・事代主命・猿田彦大神。
以下、パンフレットより抜粋↓
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景行天皇の御代、大和の国にて水疱瘡が流行し命を落とす者も多く(肥後の国でも流行)、病気平癒の神として大物主神を祀りました。
病気平癒祈願をするとき、美和神社の大前に疱瘡だご(疱瘡に似せた団子)をお供えし、拝殿の前にある疱瘡石(疱瘡に似た石/写真左下)を撫でて祈願していたそうです。
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国造神社、日吉神社、天社神社もご鎮座。

駐車場からそのまま境内に入ったので、荘厳な楼門と、楼門がよく見えるようにと低く作られている鳥居、また童子が現れたという石(石立大神)を見ずに帰って来てしまったのが心残りです(´・ω・`)
また改めて参拝しなきゃ。

撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)

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タグ:神社
posted by しう@SOTO at 23:35 | TrackBack(0) | 熊本
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