2017年05月21日

萩〜安来〜岩美、ご当地グルメ

おとーさん同行の旅となると急ぎ足になりがちで、色々と寄り道したりできないのが難点ですが、利点もあります。
それは・・・ご飯が豪華になること!(笑)

萩しーまーと しらす丼

写真:左=九州から関門橋を渡って山口県へ。定番の道の駅【萩しーまーと】です。

写真:右=新鮮な海の幸が豊富に取り揃えられています。お食事処で、昼食に「釜あげしらす丼」を♪ ほっこり柔らかくて、お醤油いらずの旨味でした(´ω`*) 確か850円くらい。

あらエッサ どじょう飯

写真:左=お次は島根県。宍道湖の東側、「中海」の南岸に位置する道の駅【あらエッサ】。安来市と言えば「安来節」。あらエッサッサ〜〜〜♪

写真:右=そう、どじょうです! しかし高い!(^o^; たったの3匹しか乗ってないとは・・・。味付けも濃いめです。確か850円くらい。

きなんせ岩美 モーニング(洋食)

写真:左=約1年ぶりの道の駅【きなんせ岩美】。兵庫県に近い、鳥取県。ここは、おとーさんが全財産入りのウェストポーチを置き引きされた因縁の地でもあります(´▽`;)
この写真を気に入ってくれて、プリントアウトして店内に飾ってますとメールをもらったのですが、見当たらなかった。もう外したのかも。
事件?の際は駅長さんにもよくしていただいたのですが、どうやら変わられたようでした。わざわざ説明したり話しかけなかったので未確認ですが(´▽`ゞ

写真:右=翌朝になりますが、モーニング(洋)。軽食屋さんの営業は10時からと書いてありましたが、モーニングは9時からやってました。和食バージョンは焼き魚+ご飯と味噌汁とタマゴ。どちらも400円。

きなんせ岩美(レストラン) きなんせ岩美(レストラン)

写真:左=晩ご飯は併設のレストランで、ご当地食材に舌鼓(´ω`*) メニューが変わってましたが、もさえびは健在!

写真:右=お箸に刻印が。こういう取り組みもいいですね♪

農匠の郷やくの 黒豆ソフトクリーム

国道9号線でスムーズに京都まで参りました! 道の駅【農匠の郷やくの】、山の中という雰囲気ですが30度を超えてて暑い!(´Д`;)
こんな日は、ソフトクリームですよね〜♪
京都と言えば、丹波の黒豆。黒豆ソフトクリーム310円でボリューム満点、ワッフルコーンなのも嬉しい(´ω`*)


撮影:スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)

*関連する過去ブログ記事*
・2011年05月19日【温泉津と書いて「ゆのつ」と読みます
・2011年05月24日【美保関 石畳の小径
・2011年05月24日【因幡の白兎伝説
・2012年05月26日【写真で綴る『倭文(しとり)神社』
・2013年04月20日【多伎いちじく温泉
・2014年04月25日【石見銀山の町並みを散策
・2014年04月26日【境港〜ベタ踏み坂〜大根島を満喫♪
・2014年04月27日【松江城〜揖夜神社〜黄泉比良坂
・2014年04月29日【大神山神社(奥社)と大山寺】(写真のみ)
・2016年05月11日【きなんせ岩美・岩井温泉と御湯神社

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2017年05月22日

牧谷のカキツバタ群落

道の駅【きなんせ岩美】から約2〜3kmほど北に位置する【牧谷のカキツバタ群落】を見に行ってきました。

牧谷カキツバタ(1) 牧谷カキツバタ(2)

以下、案内板より↓
この地域は、又助池(またすけいけ)とこれに隣接して集水域をなす森林および畑地の区域です。
(略)
カキツバタのほか、カンガレイ、ショウブ、ヌマトラノオなど約30種類の湿生植物が確認されています。
また、カイツブリなどの水鳥や多種類のトンボ類、モリアオガエルなどの両生類が棲息しています。


牧谷カキツバタ(3) 牧谷カキツバタ(4)

駐車場は普通車5〜6台程度、古びたトイレあり。
ここまでの道も広くはありません。

写真:左=こちらが湿原への入口になります。売店は、オンシーズンの土日だけ開くようです。

牧谷カキツバタ(5) 牧谷カキツバタ(6)

写真:左=鹿が出没するのでしょうか? 電気柵が張り巡らされていました。
写真:右=又助池が見えてきました! 正面の山がきれいな三角形なのもいい感じ♪

牧谷カキツバタ(7) 牧谷カキツバタ(8)

又助池は、砂丘の後背地に形成された潟湖(せきこ/ラグーン)の名残だそうです。

牧谷カキツバタ(9) 牧谷カキツバタ(10)

木道で反対側まで行けるのかと思いきや、100mほどで行き止まりでした。
開花時期も過ぎていて、ちょっと寂しい感じ(´・ω・`)
17日(だったかな?)に祭りがあって、カキツバタの販売もあったらしい。ちょっと遅かったー、残念。

牧谷カキツバタ(11) 牧谷カキツバタ(12)

規模的には、【唐川(からかわ)湿原のカキツバタ群落】(唐川湿原 - Wikipedia)の方が大きいし有名みたいでした。

撮影:Nikon COOLPIX P900




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タグ:花畑 湿原
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2017年05月23日

村岡の町並み

5/22。道の駅【村岡ファームガーデン】から約1km、兵庫県美方郡香美町にある、村岡地区の町並み。存在は知っていたんだけど、いつもスルーしていたので今年こそはと立ち寄ることに。

村岡の町並み(1) 村岡の町並み(2)

村岡町は、かつて兵庫県北部の但馬地方に存在した美方郡の町。旧七美郡。2005年4月1日、周辺の美方町・城崎郡香住町と合併し香美町となったことにより消滅した。合併後、旧村岡町域は、地域自治区「村岡区」となった。
氷ノ山後山那岐山国定公園に含まれています。
村岡町 - Wikipedia

村岡の町並み(3) 村岡の町並み(4)

町並み保存地区というわけではないので、建物の保存状態は中途半端なところが多いけど、好きな方々ならパっと「あの建物は古い」とか「珍しい造り」とか分かるようです。

おとーさん(一級建築士)が隣で色々と解説してくれたけど、まったく覚えられない(笑)

村岡の町並み(大運寺/1) 村岡の町並み(大運寺/2)

商店街の、もっとも道の駅側に位置する【大運寺】。銀杏の巨木に惹かれて立ち寄りました。

村岡の町並み(大運寺/3) 村岡の町並み(大運寺/4)

以下、案内板より↓
妙見堂には「妙見さん」で人々に親しまれている北辰妙見菩薩をはじめ、鬼子母尊神三十番神、七面大天女などが祀られ、祈願するものの守護の善神として信仰されている。
延慶元年(1308)宗祖大士の九老僧、日範(にちはん)上人が山陰地方を布教巡ようし、美方町貫田に創設されたと伝えるが、永禄11年(1568)日恒(にちこう)上人の入寺まで、およそ260年間歴代の記録は明らかでない。
慶長6年(1601)法華経の信者、山名公の領地となり、公の庇護により、慶安元年(1648)現在後に移転した。
享保元年(1716)に焼失、現在の堂の建物は、明和2年(1765)に再建された。

さすが、どの石塔も歴史を感じる趣があります。墓石も自然石を用いたものが多かったです。

村岡の町並み(湯舟川) 村岡の町並み(マンホール)

目の前を流れるのは湯舟川。石積みの石は、きっとこの川から運んだのでしょうね。
上流に【村岡温泉】があり、それが湯舟川という名の由来になったのかな?

それから、村岡の町並みは「商店街」と書かれていますが、元は城下町であったそうです。
村岡藩武家屋敷も現存しています。
※現在も一般の方が暮らしているので中を拝見することはできません。

村岡藩(むらおかはん)は明治時代初期の藩のひとつ。但馬国七美郡を領した。藩庁は村岡陣屋に置かれた。
室町時代には全国の六分の一を支配した守護大名山名氏の末裔である山名豊国が、関ヶ原の戦いの戦功により、徳川家康から七美郡6700石を与えられたのが藩の始まりである。その後の領主は新田開発や産業の振興などをすすめて実高を増やしていき、1868年、明治政府によって1万1000石への高直しが認められて立藩した。
村岡藩 - Wikipedia

村岡地区 - 香美町村岡観光協会
観る・遊ぶ(観光スポット) | 香美町村岡観光協会

撮影:Nikon COOLPIX P900



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2017年05月24日

若狭姫神社と若狭彦神社

毎年【ロードマップ-道の駅 旅案内 全国地図】を買って、古いカーナビ画面と照らし合わせながら走っています。
今年は[一の宮]が明記されていて、神社好きのわたしには超〜便利♪
ということで道すがらにある一の宮にはなるべく参拝したいな〜と思っております。

さっそく、若狭国一宮=若狭彦神社と若狭姫神社へ。「一の宮」が2社あるというのは珍しい。
若狭彦神社が上社≠ナ若狭姫神社が下社≠セとは知らなかったし、どちらを先に参拝するかとか思いもしなかったので近い方から参拝しました(´▽`;ゞ

若狭姫神社(1) 若狭姫神社(2)

【若狭姫神社】
若狭一の宮は神社の記録によると、奈良時代初期にあたる養老5年(721)に創建されたといわれています。

若狭姫神社(3) 若狭姫神社(4)

若狭姫神社のご祭神は、豊玉姫命(とよたまひめみこと:乙姫)です。海上安全、海幸大漁の守護神として信仰されています。

若狭姫神社(5) 若狭姫神社(6)

千古巌然とそびえる霊木、千年杉。※樹齢は不明

若狭姫神社(7) 若狭姫神社(8)

写真:右の、足のマークがあるところに立って、見上げて撮ったのが↑の写真(千年杉)。

若狭姫神社(9) 若狭姫神社(10)

若狭姫神社は安産・育児に霊験があるとされ、境内には子種石と呼ばれる陰陽石や、乳神様と呼ばれる大銀杏(写真:右)などがあります。

若狭姫神社(11) 若狭姫神社(12)

多田ヶ岳山麓からの湧水でしょうか。
以下、案内板より↓
神社の祭典には、この水を神饌(しんせん)に用いて神前に奉っていることはもちろん、神聖な力を備えた霊水として崇拝され、病気平癒、茶道、書道上達などの神徳を人々に授けている。
また、若水とは元旦の早朝に奉献せし御神水にして、この井の水は古来、若狭の若返りの水としてその名が高く、これを拝戴すれば邪気を払いて清朗快活・延命長寿を保つと伝えられている。
冷たくて美味しかったですよ♪

若狭彦神社(1) 若狭彦神社(2)

【若狭彦神社】
若狭彦神社は、和銅7年(714)に今で云う遠敷郡下根来村白石に創られましたが、霊亀元年(715)に現在地に遷(うつ)ったとされています。
ご祭神は彦火火出見尊(ひこほほでのみこと/山幸彦)。

若狭彦神社(3) 若狭彦神社(4)

夫婦和合、良縁成就(縁結び)に霊験あらたかと崇敬されている夫婦杉。

若狭彦神社(5) 若狭彦神社(6)

写真:左=随神門、右=随神門から拝殿を拝む

若狭彦神社(7) 若狭彦神社(8)

写真:左=龍前宇宮山からの湧水。この池はモリアオガエルの生息地でもあります。
興味のある方は、東大寺の「お水取り」「お水送り」との関連も調べてみると面白いと思います。

写真:右=拝殿の前には神楽殿でもあったのでしょうか? 礎石だけが残っていました。

若狭彦神社(9) 若狭彦神社(10)

若狭彦神社は畳・敷物業の神ともされ、現在はインテリア関係者の信仰も集めているんだとか。

神紋が「宝珠に波」なのは、彦火火出見尊(山幸彦)が龍宮で手に入れた潮を自在に操る潮盈珠・潮乾珠にちなんだものです。

若狭彦神社(11) 若狭彦神社(12)

最後にもう1回、夫婦杉♪
若狭彦神社の鎮守の森は原生林じゃないのに野性的というか、人外の生気にあふれているというか、そのような雰囲気を感じました。

ちなみに若狭彦神社には社務所はなく、ほとんどの祭事は下社・若狭姫神社で行われており、神職も下社にのみ常駐しています。御朱印は若狭姫神社で2社とも書いていただけます。

*参照*
若狭の一宮(若狭姫神社)- ふくいドットコム
若狭彦神社 - Wikipedia

撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



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タグ:神社 巨木 湧水
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2017年05月25日

越前国一宮 氣比神宮

一の宮めぐり、福井県にある越前国一宮【氣比(けひ)神宮】です。

氣比神宮(01) 氣比神宮(02)

参拝させていただくのは、今回で3度目♪
「日本三大鳥居」にも数えられる壮麗な朱塗鳥居である大鳥居(国指定重要文化財)は、修復中でした。

「ケヒ(氣比/笥飯)」の由来としては、『古事記』では「御食津(みけつ)」から「氣比」に転訛したといいます。
『古事記』の伝承に加え、古い表記の「笥飯」は当て字ながら「箱中の飯」を意味することから、「ケヒ」とは「食(け)」の「霊(ひ)」、すなわち食物神としての性格を表す名称とする説もあります。
またこれとは別に、応神天皇と氣比神との名の交換を意味する「かへ(kafë)」から「けひ(këfi)」に変化したとする説もあるようです。
氣比神宮 - Wikipediaより)

氣比神宮(03) 氣比神宮(04)

まずは、道案内の神様である猿田彦神社へご挨拶♪
狛犬さんの背筋ピーン★

氣比神宮(05) 氣比神宮(06)

写真:左=長命水。もちろんいただきましたとも。
写真:右=延元元年(1336)、宮司であった氣比氏治が南朝方として挙兵するにあたり、この松に氣比神の神旗を掲げたという「旗掲松(はたあげのまつ)」2代目。ここも南朝・後醍醐天皇ゆかりの地だったんですね!

氣比神宮(07) 氣比神宮(08)

社殿のほとんどは第二次世界大戦中の空襲で焼失したため、現在の主要社殿は戦後の再建だそうです。
ご祭神(主祭神)は、伊奢沙別命(いざさわけのみこと)。「氣比大神」または「御食津大神」とも称されます。
配神は第14代天皇・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)と、仲哀天皇の皇后・神功皇后(じんぐうこうごう)。

氣比神宮(09) 氣比神宮(10)

境内東側の裏参道に鎮座する摂社【角鹿(つぬが)神社】。
「敦賀(つるが)」の地名発祥地であると伝えられています。

摂社は他にも、伊佐々別(いささわけ)神社、天利劔(あめのとつるぎ)神社、天伊弉奈姫(あめのいざなひめ)神社、天伊弉奈彦(あめのいざなひこ)神社が鎮座しています。

氣比神宮(11) 氣比神宮(12)

昭和11年(1936)に陸軍関係者から献木されたユーカリの大木(敦賀市指定天然記念物)。
オーストラリア原産のユーカリが北陸で育つなんて、かなり珍しい。
葉っぱから、特有のいい香りが周囲を包んでいました。落ち葉でも緑色のものは香るので、試してみてください♪(枝についている葉は、絶対に千切っちゃダメ!)

撮影:Nikon COOLPIX P900



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タグ:神社 巨木
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2017年05月26日

高岡古城公園(要リベンジ)〜 雄山神社

一の宮めぐりが続きます。本日は、越中国一宮・射水神社を目指します。
ロードマップ-道の駅 旅案内 全国地図】では高岡古城公園と隣接しているようだったので、公園にカーナビをセット。うちのカーナビには射水神社が載ってなかったのです・・・(´・ω・`)

高岡古城公園(1) 高岡古城公園(2)

小雨そぼ降る中、高岡古城公園に到着。カーナビ任せで来たので、どこが正面だか分からないまま手近な駐車場へ。無料でした。
案内板があったので、どれどれ・・・と眺めるも、神社が見当たらない。

・・・今、画像を見たら、ド真ん中に載っとるやないかーい。
おかしい。一体どこを見ていたんだ。

高岡古城公園(3) 高岡古城公園(4)

だいたい方向音痴のくせに「行けば分かる」とか思うタイプなので、こういうポカをやらかす。
やみくもに歩いたって辿り着かないよね。って、諦めは早い┐(´ー`)┌
雨も降ってるし、退散することに・・・。

ちょうど学生さんたちが大型バスで3〜4台も来ちゃって、「バスが入らないじゃないか」みたいに言われちゃって、追い出される格好に。

越中国 - Wikipedia には、射水神社、気多神社、高瀬神社、雄山神社が「一宮」に挙げられています。
一宮って、ひとつじゃないのね・・・。

「一宮」をめぐる攻防? についても越中国 - Wikipedia に載っていましたので、興味のある方はご参照ください。

気を取り直して、本日の目的地は立山なので、その道すがらにある雄山神社に参拝することに。
この時点では「一宮」云々のことは知らなかったのですが、地図にも【越中国(一宮)】と表記されていました。

雄山神社 前立社壇(1) 雄山神社 前立社壇(2)

雄山神社 前立社壇(おやまじんじゃ まえたてしゃだん)】
一の鳥居は修復中でした。
霊峰立山を神体とし、立山の神として伊邪那岐神(いざなぎのかみ/立山権現雄山神・本地阿弥陀如来)・天手力雄神(あめのたぢからおのかみ/太刀尾天神剱岳神・本地不動明王)の二神を祀る。神仏習合の時代には仏教色の強い神社であり、立山修験の源であった。また、元明天皇や後醍醐天皇の勅願所でもあった。

峰本社(みねほんしゃ)、中宮祈願殿(ちゅうぐうきがんでん)、前立社壇(まえだてしゃだん)の三社をもって雄山神社とする。
雄山神社 - Wikipedia

雄山神社 前立社壇(3) 雄山神社 前立社壇(4)

写真:左=左から、末社/八幡宮、摂社/刀尾社、末社/稲荷社、。
写真:右=常願かなえの楠堂。

雄山神社 前立社壇(5) 雄山神社 前立社壇(6)

写真:左=現在の拝殿は幣殿、神饌所、本殿を囲う透塀、旧社務所、斎館、両神門、石灯篭、春日灯篭などと共に皇紀二千六百年記念事業の一環として昭和15年(1940)より造営、同17年(1942)に竣工。平成17年(2005)に拝殿以下の建物は銅板に葺き替えられ、現在の姿となりました。

写真:右=加賀藩2代目藩主・前田利長の正室、玉泉院(永姫)が寄進したものと伝えられている、石の狛犬(立山町指定文化財)。

前立社壇は、平安初期に建てられた立山寺(岩峅寺)を前身とする神仏習合の名残りある神社であり、開祖・佐伯有頼が立山権現の化身である白鷹によって導かれた岩窟の正面に位置し、この地より立山開山の伝説が始まったと云われています。


雄山神社 中宮祈願殿(1) 雄山神社 中宮祈願殿(2)

雄山神社 前立社壇から立山方面へ約10km、【雄山神社 芦峅中宮祈願殿】。
中宮祈願殿は、神仏習合であった時代には中宮寺(芦峅寺)と呼ばれていました。
かつて女人禁制だった立山において、立ち入る事が出来た最終地がここであり、宿坊や、女人救済のための行事を行なう布橋などがあったそうです。

雄山神社 中宮祈願殿(3) 雄山神社 中宮祈願殿(4)

写真:左=神明社。
写真:右=詳細不明。子どもを乗せた犬が亀を押さえ込んでる?

雄山神社 中宮祈願殿(5) 雄山神社 中宮祈願殿(6)

若宮。
樹齢およそ500年の大杉の木立がすっくと伸びています。

雄山神社 中宮祈願殿(7) 雄山神社 中宮祈願殿(8)

写真:左=拝殿(祈願殿)。
この日は何の集まりか、ちょうど拝殿から女性グループ10名ほどが出て来られました。

それと、ご近所さんらしき男性が手水舎の水をポリタンクに汲んでいて「ここの水は美味しいんだよ!汲んでいきなよ」と言ってくれたのですが、ペットボトルを持って来ればよかった〜。

地名にもある岩峅寺(いわくらじ)や芦峅寺(あしくらじ)などの「峅(くら)」と言う文字には「神様の降り立つ場所」という意味があるそうです。

立山に入山する人々が穢(けが)れや罪を湯立ての神事にて祓い、道中の無事を祈願してきた雄山神社。
観光といえど立山に行かれる際は、参拝されるといいですよ。


撮影:高岡古城公園=スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)/ Nikon COOLPIX P900



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2017年05月27日

立山黒部アルペンルート

これを書いている今日は6/1なんですが、5/25の出来事です。
どんどんブログが溜まっていく・・・(T▽T)

「とりあえず℃ハ真のみ掲載」ってすると、結局は文章を書き足さないままになってしまうのは過去の経験でよ〜く分かっているんだけど・・・

ごめんなさい! 写真のみで失礼します!(逃亡)

立山連峰 立山駅周辺案内図

写真:左=国道8号線から立山連峰を望む
写真:右=立山駅周辺案内図

立山駅(観音様) 立山駅

写真:左=駅前には観音様が旅行者を見守っております
写真:右=立山駅。いざ、ケーブルカーへ!

立山ケーブルカー 立山ケーブルカー(1)

ものすごい急勾配を登って行くのです。

立山ケーブルカー(2) 立山ケーブルカー(3)

実は帰りに撮った写真なんだけど(笑)
行きは混んでて写真どころじゃなかった・・・。

立山ケーブルカー(4) 立山黒部バス

美女平駅に到着、ここからはバスに乗り換えます。

立山黒部アルペンルート(仙洞スギ) 立山黒部アルペンルート(1)

写真:左=仙洞スギ。バス車内から撮るしかないので、近すぎるし反射してるし、すみません。
写真:右=だんだん雪が多くなってきました!

立山黒部アルペンルート(2) 立山黒部アルペンルート(3)

雲を抜け、沿道は雪壁になってきた。

立山黒部アルペンルート(弥陀ヶ原) 立山黒部アルペンルート(4)

写真:左=弥陀ヶ原。登山客や宿泊客が途中下車したり乗って来たり。
写真:右=何してるんですかーあ!?

立山黒部アルペンルート(雪壁/1) 立山黒部アルペンルート(雪壁/2)

雪壁ウォーク♪
しかし一気に2,000mも上がって来たから頭が痛くなってきたし、気持ち悪い・・・(;つД`)

立山(そば) 立山(室堂ターミナル)

写真:左=室堂ターミナルに到着。昼ご飯に蕎麦をいただきました。山ではカレーと相場が決まってるんだけど、レストランも長蛇の列。立ち食い蕎麦と相成りました。

写真:右=観光案内所

立山/室堂ターミナル(雄山神社資料) 立山/室堂ターミナル(雄山神社復元)

ターミナルの3階には雄山神社の資料や奥社(復元)が!

立山/室堂(遊歩道/1) 立山/室堂(遊歩道/2)

写真:左=お外はこんな風景。見ていたら、ちょっと歩きたくなって来た。
写真:右=普通の靴で来たので、ヨチヨチゆっくり歩く。この案内板をもっとよく見たかったんだけど、ロープで立ち入れなかった。

立山/室堂(遊歩道/3) 立山/室堂(遊歩道/4)

写真:左=すっかり晴れてきました!ヾ(*´▽`*)ノ
写真:右=遠くに雷鳥荘が見えます。

立山/室堂(遊歩道/5) 立山/室堂(雄山)

写真:左=こちらが雄山。上半身ハダカで記念撮影してる人がいます(笑)
写真:右=雄山山頂には雄山神社奥社が鎮座しております。いつの日か参拝するぞ〜。

立山/室堂(遊歩道/6) 立山/室堂(遊歩道/案内板)

写真:左=遊歩道、雪壁ルートもありました。
写真:右=今はまだ通れないところが多いです。夏にも来てみたい。

立山黒部アルペンルート(雪壁/3) 立山黒部アルペンルート(雪壁/4)

名残惜しいけど、帰りのバス。雪壁は結局、歩かず仕舞いでした。平日なのに、すごい観光客でしたよー。
偶然だけど、雪壁を削って落書きしてるのが写ってた。

立山黒部アルペンルート(雪壁/5) 立山黒部アルペンルート(7)

帰りは1台見送ったお陰で1列目をゲットしたのだ!
絶景かな〜♪

立山黒部アルペンルート(料金所) 立山黒部アルペンルート(8)

写真:左=天空の料金所(笑)
写真:右=ザ・ワインディングロード!

立山黒部アルペンルート(9) 立山黒部アルペンルート(称名滝)

往きには真っ白で何も見えなかったけど、称名滝も見ることができました♪

立山/美女平の立山杉 立山/美女平駅

写真:左=美女平駅に到着。立山杉が迎えてくれました♪
写真:右=ケーブルカーで立山駅へ。また来ま〜〜〜す!ヾ(*´▽`*)ノ


撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



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2017年05月28日

弁天岩と能生白山神社

※5/26に訪問しました。

道の駅【能生(のう)】から南に約1km。能生海水浴場に面する弁天岩に鎮座する弁財天様にお参りしてきました。
こちらは3回目の訪問になりますが、岩場のお社に直接、参拝するのは初めてです!

能生海水浴場(1) 能生海水浴場(2)

海水浴場はまだ開いてません。ちょうど国道8号線の高架下にあたります。

能生海水浴場(3) 能生海水浴場(4)

トイレ完備。駐車場はあまり広いとは言えません。現在、工事車両などで駐車禁止区域もありましたが、海水浴シーズンには開放すると思います。

弁天岩(1) 弁天岩(2)

こちらが弁天岩です。赤い橋は「曙橋」。

弁天岩(3) 弁天岩(4)

例年、GW前後の4〜5月は鯉のぼりがズラリと泳いでいるのですが、もう虫干しされていました。

2006/04/25の弁天岩

※こちらは2006年4月25日の写真です

弁天岩(5) 弁天岩(6)

以下、案内板より↓
曙橋の向こうの岩は、弁財天(航海安全の神、七幅神)が祀られていることから、弁天岩と呼ばれています。
この岩は、約100万年前のフォッサマグナの海底で噴出した安山岩質火山角礫岩であり、溶岩の破片と火山灰が固まったもので、約100万年前の海底火山噴出物です。弁天岩は転石ではなく、地中に根をはった岩なのです。
トットコ岩や能生白山神社の尾山も、同じ岩石でできています。これらの火山噴出物が海底の漁礁となり豊かな漁場ができました。

豊かな海は人を住まわせ、弁天岩や白山神社に奉納された船絵馬(国指定民俗文化財)に代表されるような海洋信仰が根づきました。
白山神社の尾山は、暖地性の植物に寒冷地性の植物が混じる独特な植物相をもち(国指定天然記念物)、ヒメハルゼミの発生地北限(国指定天然記念物)となっています。

弁天岩(7) 弁天岩(8)

【厳島神社】
(能生)白山神社の末社で、旧来、岩窟弁才天と称され、祭神は「市杵島姫命(いちきしまのみめのみこと)」で、本尊(本地)は「弁才天」であります。
海の安全の守り神として祀られています。

由緒によると千年の昔から六十年毎に「本開帳」間の三十年毎に「中開帳」として行われ、通称「弁天様のお開帳」と呼称されています。
平常、(能生)白山神社本殿に安置されている御神体を厳島神社に遷座し開帳します。

弁天岩(9) 弁天岩(10)

灯台と、おそらく弁天様(厳島神社)の奥社。
ベンチもあるので、眺めを楽しみながらゆるっとできますよ(´ω`*)

弁天岩(11) 弁天岩(12)

写真:左=お隣の岩にも行くことができます。釣りをしている人もいました。
写真:右=岩をぐるっと、お社のちょうど裏側にあたる場所にも石の祠が。帆船が奉納されていました。

能生白山神社(1) 能生白山神社(2)

すぐ近くに鎮座する【能生白山神社】にも参拝。

以下、案内板より↓
本殿は奥まった岩陰にあり、室町時代(1515)に建造された非対称な独特の建築様式です。
毎年4月24日に行われる白山神社春季大祭に奉納される一連の舞楽は、15世紀に大阪の四天王寺の舞楽が伝わったものとされています。
江戸時代に栄えた北前船交易(北海道〜大阪)の様子が神社に奉納された船絵馬から知ることができます。
また、神社の裏山、尾山は神社の境内の一部となっていて、信仰の森として保護されてきました。

能生白山神社(3) 能生白山神社(4)

石灯籠には「寛保三天」と刻まれていました。寛保年間は1741〜1743年、8代将軍 徳川吉宗の時代です。

能生白山神社(5) 能生白山神社(6/秋葉神社)

写真:左=能生白山神社拝殿。背後に尾山。
写真:右=秋葉神社。

能生白山神社(7) 能生白山神社(8)

写真:左=ご神木の松。

こちらに参拝するのは2度目なのですが・・・
今、公式サイトを見ていて、本殿と蛇の口の水を見ていないことを知りました・・・(;つД`)

また参拝に来なきゃ!

撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)



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タグ:神社
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2017年05月29日

五智公園と居多神社

※5/26に訪れました

五智公園(1) 五智公園(2)

例によって、ロードマップ『道の駅 旅案内 全国地図 平成29年度版』を参考に、越後国一宮 居多神社(こたじんじゃ)を目指す。
カーナビにも載ってはいるものの、指す場所がどうも道が狭そうな雰囲気。しかも、土砂崩れで通行止め。
迂回して、近くに五智公園の駐車場があったので、そこに停めて歩いて行ってみることに。

五智公園 - 上越観光Navi

五智公園(3) 五智公園(4)

ちょうど直前に雨がザァーっと降ったので、空気が澄んでいます。
池には色とりどりの鯉が泳いでいました。
きっと、この公園はかつて神社の神域だったに違いない!

五智公園(6) 五智公園(5)


遊歩道にはポツポツと道標が立っているものの、「神社」への表示が出たり出なかったりで心もとない。

五智公園(7) 五智公園(8)

雨上がりで澄んだ空気が心地よいけど、誰〜〜〜もいなくて、ちょっと寂しい。

五智公園(9) 五智公園(10)

きっと神社は高台にあるはずだと踏んで、頑張って登って行ったのに・・・開けた場所には街灯があるだけで、建物はなにもなし。

五智公園(11) 五智公園(12)

今どこを歩いているのか、さっぱり分からず・・・。
丘?を降りたらトイレとかバーベキュー場っぽい場所に出て、これはこの場所に神社はないのかも知れないと思いはじめた。

ちょうどトラックがトイレ休憩に来たので、運転手さんに聞いてみたら・・・
「このへんに詳しくはないけど、この公園に神社はないのは確か」だという。ガーーーン!!

キャンピングカーに戻って、もう一度カーナビをチェック。
確かにちょっと離れているけど、歩いて行けない距離じゃないと思ったんだけどなぁ〜。
方向音痴なんだから、スマホのナビを使えばよかった(´Д`;)

時間も遅くなってしまったし、これで辿り着けないんだったら縁がなかったと思って諦めよう。
そう言い聞かせて、ほんの少し走ったところで「神社→」看板を発見!!あったーーー!!!

居多神社(1) 居多神社(2)

以下、案内板より↓
ご祭神/大国主命、奴奈川姫(ぬながわひめ)、建御名方命(たけみなかたのみこと)
由緒/弘仁4年(813)に従五位下を、貞観3年(861)に従四位下を朝廷から賜った。
延長5年(927)の「延喜式」神名帳に記載された式内社である。
越後国司・越後守護 上杉家 上杉謙信の厚い保護を受け、越後一宮として崇敬されてきた。今日、縁結び・子宝祈願の神として信仰されている。

居多神社(4) 居多神社(3)

親鸞聖人 越後七不思議「片葉の芦(あし)」
承元元年(1207)、専修念仏の禁止により、親鸞聖人は越後国府に配流となった。
居多ヶ浜に上陸した親鸞は居多神社に参拝し、

すえ遠く法を守らせ居多の神
弥陀と衆生のあらん限りは


と詠み、神前に供え、はやく赦免となりますようにと祈願したところ、一夜にして居多神社境内の芦が方葉になったという。

居多神社(5) 居多神社(6)

創建は不詳。『頸城郡延喜式神社考』では神代の古跡であると伝える。社地は、慶応2年(1866)まで現社地の北西約1kmの身輪山(みのわやま)に存在した。(略)
居多神社は「気多神」を祀る神社と考えられており、兵庫県北部から新潟県にかけての日本海側に分布する気多神社の一社とされる。この気多神は出雲の人々に信奉された神とされており、『古事記』での大国主命による高志国(越国:現在の北陸地方)の奴奈川姫命への妻問い説話と同様に、気多神の分布は出雲勢力の北陸地方への進出を物語ると考えられている。
居多神社 - Wikipediaより)

居多神社(7) 居多神社(8)

写真:左=小さいけれど、いわくありげな石祠。お稲荷様が祀られているようです。
写真:右=親鸞聖人の像。

居多神社(9) 居多神社(10)

写真:左=雁田神社(かりたじんじゃ)。祭神:高皇産霊神、神皇産霊神。
写真:右=ご神木というわけではないのですが、銀杏の木が立派でした。

南北朝時代以降は、居多神社は守護上杉家からの崇敬を受けて越後国の一宮に位置づけられたとされる。
居多神社を一宮とする史料は、貞和3年(1347)の居多神社所蔵文書を初見として、他の居多神社文書や上杉家文書等にも散見される。
一方、越後国の一宮として知られる神社には弥彦村の彌彦神社がある。これら越後国の一宮制の展開の詳細は明らかでないが、平安期までは「一宮」の呼称自体は使用していなかったものの彌彦神社が実質的な一宮であったと見て、南北朝期に居多神社が上杉家の崇敬を得て一宮を公称するとともに、彌彦神社側でも一宮を称し始めたとする説がある。
居多神社 - Wikipediaより)



撮影:Nikon COOLPIX P900


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タグ:神社 公園
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2017年05月30日

妙義山信仰の中心地・妙義神社

道の駅【みょうぎ】に立ち寄るたびに「次こそ」と願っていた【妙義神社】に、ついに参拝することができました!
※5/29に訪れました

2007年の台風による土砂崩れにより、本殿に繋がる階段以上は立ち入り禁止となっていたそうです(その間は波己曽社殿を仮殿と定めていた)が、2013年12月に復旧工事が無事完了!

妙義神社 - Wikipedia

妙義神社(01) 妙義神社(02)

写真:左=道の駅【みょうぎ】から妙義山を仰ぐ。
妙義山は、日本三奇勝のひとつ(耶馬溪・寒霞渓・妙義山)であり、上毛三山のひとつ(榛名山・赤城山・妙義山)。
「妙義山」とは複数の山の総称で、南側の白雲山・金洞山・金鶏山などは「表妙義」、北側の谷急山・丁須の頭・御岳などが「裏妙義」と呼ばれています。

写真:右=白雲山の中腹にある「大」の文字は、「妙義大権現」の「大」。

妙義神社(03) 妙義神社(04)

写真:左=周辺案内図
写真:右=妙義神社 大鳥居

妙義神社(05) 妙義神社(06)

写真:左=柳の大樹
写真:右=ユキノシタの花

妙義神社(07) 妙義神社(08)

関東一の壮大さと称されている総門は高さ12m、切妻造りの八脚門。国指定重要文化財。
江戸時代、妙義山から採れる安山岩で作った高さ10mの石垣(県重要文化財)も見応えあります。

妙義神社(09) 妙義神社(10)

写真:左=妙義神社から金洞山南麓の石門群に至る、約4.2kmの歩道案内図。いつかは登るぞ〜!
写真:右=青銅製の灯籠

妙義神社(11) 妙義神社(12)

通りすがりの人が、「三本杉の真ん中はパワースポットだから入ってみて」と教えてくれました。
樹齢約500年、静かな佇まいの中にいると、少し面映いような氣にもなりますね(´ω`*)

妙義神社(13) 妙義神社(14)

写真:左=太鼓橋と、165段の参道石段!

写真:右=波己曽(はこそ)社社殿(旧 妙義神社社殿/群馬県指定重要文化財)
妙義山の古名は「波己曾(はこそ)山」、神社もかつては波己曽神社と呼ばれており、『日本三代実録』にその記載があります。

妙義神社(15) 妙義神社(16)

写真:左=石段は急だし狭いし、歪んだところも。妙義神社では、江戸時代から当時そのままに残すように努めているそうです。

写真:右=石段を登って振り返ると、この眺め!.。・:*:・°`☆、。・:*:・°`

妙義神社(17) 妙義神社(18)

写真:左=随神門(群馬県指定重要文化財)
写真:右=意外!とってもユーモラスな阿吽の像。

妙義神社(19) 妙義神社(20)

写真:左=宝暦6年(1756)建造の唐門(国指定重要文化財)。

写真:右=同じく国指定重要文化財である本社(本殿・弊殿・拝殿)。
創建は、宣化天皇2年(537)と伝わっており、現在の社殿は宝暦年間(1751〜1764)の改修によるものです。

数々の彫刻が素晴らしく、色彩も豊か! バシバシ写真を撮らせていただきましたが、ここは是非、ご自身の目で見ていただきたい。

以下、公式サイトより↓
創建は「宣化天皇の二年(537)に鎮祭せり」と社記にあり、元は波己曽(はこそ)の大神と称し後に妙義と改められた。
そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて明々魂々たる山の奇勝をめで、明魂と名づけしものを後世妙義と改めたと思われる。

ここも後醍醐天皇ゆかりの地だったのね!

妙義神社(21) 妙義神社(22)

写真:左=本殿の裏側、石垣にはイワタバコがたくさん育っていました。
写真:右=天狗様が鎮座されています。心願成就にご利益があり、願い事を「ひとつ」叶えてくれると云われています。

妙義神社(23) 妙義神社(24)

写真:左=北門も石垣で囲まれています。
写真:右=もともとは、お社はなく「影向(ようごう)岩」がその磐座(いわくら)であったと云われています。

磐座・磐倉・岩倉(いわくら)とは、古神道における岩に対する信仰のこと。あるいは、信仰の対象となる岩そのもののこと。
磐座 - Wikipediaより)

妙義神社(25) 妙義神社(26)

写真:左=影向岩の頂部と下部(岩窟)には、複数の石塔が。(朱色の門が北門)

写真:右=名残惜しく、石段を下ります。左側には杉の巨大な切り株が・・・。土砂崩れで倒れてしまったのでしょうか。そっと手を触れると、まだ生命力を感じるような氣がしました。


撮影:Nikon COOLPIX P900/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)※魚眼レンズ着用



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