熊本地震で楼門や拝殿が倒壊した阿蘇神社。
震災下でありながら大祭を守り継ぐという強い意思のもと、【御田植神幸式(おたうえしんこうしき〜通称:御田祭/おんださい)】が開催されました。

写真:左=快晴に恵まれた阿蘇。
楼門を中心に、左に還御(おかえり)門、右に御幸(みゆき)門があり、年に一度、この祭りの日にしか開くことはありません。こちらが、御幸門。
写真:右=一般の参拝者は立ち入り禁止ですが、境内を見ることができました。楼門をはじめ拝殿もことごとく崩れ倒れてしまっています。

写真:左=儀式を終え出立した行列が境内を通って御幸門を目指します。
写真:右=急いで駐車場側から門外へ廻って撮影。
「おんだ祭」は、阿蘇大明神が阿蘇開拓と農耕の道をひろめた神徳をたたえ五穀豊穣を祈る農耕祭事です。
藩政時代には細川侯の名代が参向する唯一の祭りだったそうで、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

写真:左=神輿は門をくぐるのも石段を下りるのも大変です。
前日(27日)に十二神を神輿にうつす遷座祭が行われ、一の神輿に健磐龍命、二の神輿に阿蘇都比当ス、三の神輿に三・五・七・九・十一・十二の宮の男性神、四の神輿に二・四・六・八・十の宮の女性神が遷座されています。
写真:右=宇奈利(うなり)と呼ばれる白装束の女性が、御神饌(しんせん/神様に捧げる作物)が入った唐櫃を頭に乗せ、しずしずと歩いてゆきます。

写真:左=先導役、猿田彦面、神職、宇奈利、五色絹、田男、田女、牛頭人形、早乙女、太鼓、獅子持ちと鷹持ち、神様がお乗りになった4基の神輿(みこし)など約200人の行列が続きます。
写真:右=さすがにお馬さんは石段を下りずに参道を廻って来ました。

バックには、阿蘇五岳のひとつ根子岳(ねこだけ)。

宇奈利は14名。本来、閉経した女性しか務めることができないそうですが、今は違うのかもしれませんね。

写真:左=早乙女。馬を引いている女性がテンガロンハットを被っていたのが違和感・・・。
写真:右=今年は栗の生りがよさそうです♪

写真:左=熊本県内では涼しい阿蘇地方とはいえ、日中の暑さはこたえます。神職さんの優しい表情が印象的。
写真:右=神様のお食事が入った唐櫃を頭から下ろすことは無礼になると昔は禁じられていましたが、「今はそんな時代じゃない」とは世話役?の方の弁。便利な世の中になって、基礎体力が昔とは段違いです。それなりの年齢となれば、なおさらです。

写真:左=神輿の下をくぐる(往復)ことは茅の輪くぐり「夏越の大祓」と同じとされ、あちらこちらで神輿が立ち止まり、くぐらせてくれます。「ありがとうございます!」とまで言ってくれます。わたしもくぐらせていただきました(*^_^*)
今日のために約1000個の粽(ちまき)も用意されていて、氏子さんだけでなく参加者もいただくことができます。これを家の神棚にお供えし、一年の無病息災を祈願するものです。わたしもいただいちゃった♪
写真:右=行列の行程は通行止めなどしていないので、交通ルールを守ります♪

写真:左=一の御仮屋(おかりや)に到着し、神輿が納められて神事が行われます。
写真:右=休憩後、駕輿丁たちが「おんだ歌」を歌い、打ち鳴らす大太鼓を中心に宇奈利・獅子頭たちが集まって、その周囲を神輿が廻ります。

その神輿に宮司さんが稲の苗を投げ、神職や氏子たちも続けて投げる、これが「御田植式(おんたうえしき)」だそうです。
たくさんの稲が神輿にのれば豊作になると云われていて、わたしも投げたんだけど3つとも落ちてしまった(ToT)
隣にいた方が「落ちた苗も、それはそれでいいんだよ」って言ってくれました。ホロリ(T_T、

ふたたび出立、次は二の御仮屋へ。

二の御仮屋(震災で壊れてしまったためテントで代用)に到着したのは13時前。ここで、神様も氏子さん達も昼食タイムです。
お仮屋では神輿を並べて安置し、都度、祝詞の奏上がありました。(撮影禁止です)

写真:左=ここでわたしもブレイクタイム(笑)九州の夏は「しろくま」だね!(≧∇≦)
写真:右=14時半、一の御仮屋と同様の神事が執り行われたあと、出立。道のりは約2km、まだまだです。
このとき、ちょっとしたトラブルで神輿が先に出立しようとしちゃって先導役さんに「なんばしよっとか!」ってこっぴどく叱られてました(´▽`;)

写真:左=木陰で休みながら。お馬さんも暑かろう。
写真:右=道々、そこここに湧水があるのが有り難い。ペットボトル1本持っていれば、給水所に事欠きません。

写真:左=今年は田植えが遅くなってしまいましたが、こんなに成長しています(´ω`*)
写真:右=さて、皆さんお待ちかね? 撮影ポイントとして有名な田んぼコースに入りましたが・・・

いい場所は既にたくさんのメディアやカメラ愛好家で埋め尽くされていたので、このようなアングルとなりました(´▽`;)

画面を切り取っても隠しきれない住宅街。昔に比べて田んぼが少なくなってしまい、今では順路内に田んぼはここくらい。
2日前の7月26日に国造神社でも御田植祭が開催されたのですが、そちらのコースの方が田んぼのあぜ道を通るので撮影にいいらしいです。ただ、宇奈利さんは4人?くらいらしい・・・(´・ω・`)

写真:左=ちなみに撮影ポイントはこんな状態(笑)朝から三脚を立てて場所取りをしていたようです。
写真:右=また町なかを歩いて行きます。地域の方が打ち水をしたり、飲み物や果物などでおもてなししていました。

写真:左=田畑への灌漑用水路があり、あちこちに神様が祀られています。
写真:右=おんだ祭の観光用イラスト看板の前を本物が通る、の図。

写真:左=いよいよ阿蘇神社が近づいて来ました。水基通りです。
写真:右=その名のとおり、ここには水基と呼ばれる湧水がたくさん並んでいます。

ここでしばらく時間調整。お店が建ち並ぶ中、子どもたちのテンションも上がります。

写真:左=宇奈利さんは、ずっと唐櫃を頭に乗せたまま。せめて歩いている方が疲れないかも知れません。たいへんなお役目です。
写真:右=獅子持ちさんは、沿道のお子さんや綺麗なお姉さん(笑)の頭をガブっとしてました。※邪気払いです
あと、要所要所でダッシュしなければならない決まりがあるようです。疲れているだろうに、とっても素敵な笑顔で楽しそうに走っていました(*´▽`*)

写真:左=御神輿は「わっしょい!」の勢い余って鳳凰さんが桜の枝まみれになり、丸い銅板の飾り?が落ちちゃった!(笑)引っ掛けてあるだけなので、何度か落ちちゃってました(^_^;
写真:右=参道には、いつの間にか屋台がひしめいてる!

写真:左=さぁ阿蘇神社に到着、クライマックスです。
写真:右=還御門の方は人でいっぱいだろうな〜と思ったので、御幸門の方から境内越しに撮りました。

でもやっぱり、よく見えないので還御門の方へ移動。

写真:左=続々と行列が帰って来ました。お疲れ様でした。
写真:右=御神輿の上には苗がたくさん乗っています。きっと今年も豊作ですね(*´▽`*)

写真:左=神殿を12回廻る「宮巡(みやめぐ)り」、そして境内で7回廻ってから最後の御田植式を執り行うのですが、今年は神殿がご覧の通り・・・なので、簡略化されたようです。
たくさん、たくさん苗が飛び交って、わたしが投げた苗もやっと神輿に乗ってくれました!ヾ(*´▽`*)ノ
写真:右=御神輿が仮殿にお帰りになられます。右側の人は「軒にぶつけないよう、気をつけてー」と注意しています。
駕輿丁たちが唄う「おんだ歌」のメロディーが力強くも切なく響く、歌い納め。
歌詞は分らないけど(ものすごく古いもので、歌詞を見せてもらったけどごく一部しか意味が通じない謎の言語)悠久の時を感じる、壮大な空間でした。
そして一般には公開されませんが、神職が成就祭を行い、翌29日には再び「遷座祭」として阿蘇十二神が神殿に戻されます。

写真:左=祭りのあと、というのは独特の寂寥感がありますね。ただ寂しいというだけでない、心地よい空虚というか。
阿蘇神社の境内は、今は立ち入り禁止なので目に焼き付けておきました。
写真:右=阿蘇神社が配布していたパンフレットです。
最後に苗を持ち帰る人もいました。わたしも欲しいな〜と思ったけど、育てられずに枯らせてしまったらショックが大きすぎるのでやめました(^x^;
とても素晴らしいお祭りでした。来てよかった。
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阿蘇神社 公式ホームページ・
御田植神幸式 - 阿蘇ペディア・
阿蘇神社 - Wikipedia撮影:Nikon D5100/スマホカメラ(Xperia Z SO-02E)
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