2011年11月13日

続々・写真で綴る【Team Sherpa】

チームシェルパ(1)

「しうさん、いつまでいるんだろう」という声はさておき。
チームシェルパ】本日も快晴です♪
日曜だけあって、お客さまがたくさんお見えになりました! 子どもの数も凄い!
また男の子たちが小魚を釣ってきて、歩野ちゃんにプレゼント。
今度こそ決定的瞬間を激写するぞ!

チームシェルパ(2) チームシェルパ(3)

…と、意気込んだものの、なかなかそうはいかない。
背中を向けてた瞬間にチャっと引っ掛けてタライの外に出し、サっと銜えて去って行きました…。
ちなみに今日は4匹も平らげちゃいました。
あぁ、歩野ちゃんメタボ解消はいつの日か…。(ほっといて!)

チームシェルパ(5) チームシェルパ(4)

写真(左)子ども達のパラダイス駄菓子コーナー
写真(右)今日はランチをオーダー♪

「えぇ〜、胃痛なのにカレー!?」
量は少なめにしていただいて、まずは付け合わせの浅漬け?をポリポリ準備万端。
かぼちゃの甘味もあって辛さを和らげてくれたし、お野菜たっぷりのヘルシーカレーは胃もたれすることなく美味しくいただきました!(^人^)

そして今日もティピー(竪穴式住居と呼ばれていたけど…)では焚き火が始まり、ダッチオーブンでの焼きリンゴや焼き芋などなど、大人も子どもも楽しんでいました。
(焦げてたけどね・笑)

機織りの途中

機織りの方は、一昨日に来れなかった方が今日いらして、ワタシもいい復習になりました(^_^ゞ
ワタシの分は昨日すでに織り上がったのですが、続きは一向に進みませんでした(爆)

うん、また明日…。

*まだ続くらしい*

撮影:Nikon D60


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2011年11月14日

写真で綴る【Team Sherpa】・完

チームシェルパ(思い出の品)

チームシェルパ(焼き印) チームシェルパ(トッポちゃんと歩野ちゃん)

お名残惜しや、【チームシェルパ】での楽しくて充実した4日間も今日でラスト。
1泊のつもりが、ついつい長居してしまいました(^_^ゞ
突然の機織り体験に始まり、ティピー(正式名称は縄文式竪穴住居らしい)での焚き火、美味しいチャイにコーヒーにランチ、五右衛門風呂での超露天風呂から眺める真ん丸お月様と星たち。
語り尽くせぬほど満喫しました 。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・

記念に、ほだ木にシェルパ斉藤さんのキャラクターイラスト焼き印を押しました♪
これがまた失敗続きで、コツが解るまで20回以上は押しました(^_^ゞ
靴底はスタンプです。これはお店の備品で非売品なんです。商品化しないかなぁ。

ポシェットの方は、糸の編み方を教えていただいて肩紐部分を編んでいるところです。
これが完成したら、あとは鉤針を使って毛糸で縫って完成です。
素晴らしい思い出の品ができました(まだ出来上がってないけど)。
あんなこと、こんなこと、いっぱいお世話になりました。ありがとうございました!


そうそう、今日はとうとう紡ぎ車と世界の原毛のお店『アナンダ-山梨本店』に行ってしまいましたよ(笑)
紬(つむぎ)の匠、Nさんに案内していただきました。
(ワタシが織った布がちょっとステキに映るのは、Nさんが紡いだ糸のお陰なのです!)

うっかりリジッドばたを買いそうになりました(笑) ←近いうちに通販しちゃうかも…
お店は倉庫っぽい感じで、一人では入りにくかったから案内していただいて助かりました。
ラグとかかなりリーズナブルで、80×110cmで¥980だったので即決(≧∇≦)b
あったか〜♪

11月26〜27日は『フリース荷開き祭』が開催され、厳選された牧場から直に700頭分の羊毛が到着!
1頭ずつ選んで刈り取った自然の毛色羊なんだそうですよ。


チームシェルパ】は常連さんやご近所さん以外はシェルパ斉藤さんの読者のお客さまが多いので男性中心になりがちみたいですが、女性も楽しめるんじゃないかなぁ〜。
京子さんを中心にコミュニティが広がってる感じがしました。
興味を持たれたら、是非とも訪れてみてください。冬期は休業なのでお早めに☆

撮影:Nikon D60


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2011年11月15日

三分一湧水(さんぶいちゆうすい)

三分一湧水(1) 三分一湧水(2)

あの武田信玄が農業用水をめぐる争いを鎮めるため三角石柱を築き、三つの村に均等に水を行きわたらせたという逸話がある『三分一湧水』へNさんが案内してくれました。
湧水量は1日/約8500t!
夏はとても涼しいので、けっこう水遊びに来るファミリーも多いそうです。

三分一湧水(3) 三分一湧水(4)

以前はもっと鬱蒼としていたらしいのですが、すっかり公園になっちゃって見違えたとNさん。
歴史ある『史跡』的な風情はまったくないです(^_^ゞ

写真(右)『大荒れの碑』
この石は昭和18年9月5日、山津波のために押上げられたものである。
付近一帯の土石流の跡もその時のもので家は流され人も死んだ。三分一も埋められて田畑も押し流され惨憺たるものであった。
旧六ヶ村の人々は水元坂本家と力を協せて三分一を掘り出し元の通りにした。


三分一湧水(6) 三分一湧水(5)

確かに三角形の石はありますが、たぶん水路は後世に作り替えたのでしょう、これでは三分の一も何もあったもんじゃないです(爆)
どうせなら、三分の一に流れるようにもういちど作り直してほしいなぁ。
この日は快晴でしたが林の中はヒンヤリと肌寒く、水は凍るように冷たかったです。

小海線『甲斐小泉』駅からすぐ。
道向かいには『平山郁夫シルクロード美術館』もあります(なぜか子ども遊具公園も併設)。

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)


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タグ:湧水
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2011年11月16日

きつつき工房

綿の実 綿の実取り機

昨日のことなのですが、【チームシェルパ】(公式サイトにワタシのことがちょっと載ってました!*喜**)で知り合った『きつつき工房』Mさん宅を見学?訪問しました。
工房とはいえ他人様のお宅なので外観などの写真は遠慮しました(^_^ゞ
Mさんは機織り、旦那さんは木工のプロです。
機織り以外にも可愛い消しゴムハンコ、細かくて丁寧なイラスト、Mさんは色んな特技を持っています。

遠くに富士山も見える素晴らしい立地!
ご近所には、あの『山本勘助』屋敷墓があったりして!(笑)

愛犬うめちゃんは、ちょうどここにお引っ越しした頃に近くで拾ったのだそうです。
道路で車を見つけては前にでていくので危ないからと連れて帰ったそうですが、きっと飼い主が迎えに来たんじゃないかと確かめてたんでしょうね。せ、切ない…(T_T)
で、翌日には何と子犬を出産! 安心しちゃったんでしょうか。

見た目では妊娠してるとは分からなかったそうで、Mさんご夫妻もビックリ。
動物愛護センターに電話したら、要は保健所と管轄が同じだったらしく「子犬も一緒に引き取ります」と言われたんだけど「そ、それって…」と嫌な予感がして「今の話はなかったことに!」と、結局、Mさんが飼うことに。
これはもう運命ですね。なるべくしてなったのですね。
2匹の子犬も無事に貰い手が見つかり、元気にしているそうです。
うめちゃんグッジョブ。

でもトラウマが残っているのか、まだ警戒心が強いみたいでマリリンと仲良く…とはいきませんでした。
次に会うときは遊んでね〜。


ちゃっかりお昼ご飯をご馳走になり、工房、建築中の母屋、畑などを案内していただきました。かなりの広さです。
このあたりは縄文時代からヒトが住んでいたようで、ちょっと掘ると遺跡がでてくるそうです。
なので雑木林を間引きして伐採した場合、根っこを掘り起こすときには調査が入るそうです(笑;)

ユーカリの木が4年で大木になっていたり、柿の木がまだ小さいのに今年は3個の実を付けたとか、話のネタ満載。
綿花も育てていて、これも糸に紡ぐそうです。
羊毛に比べると繊維が短いので難しいらしいのですが、ワタシが興味を示したらタネを分けてくださいました!
ちょっと緑がかっているものと、白いものの2種類。5月に撒くそうです。
けっこう手間要らずらしいので、山小屋の下の段に植えておけば放ったらかしでも育ってくれるかも♪

竹からも繊維を取り出して糸を紡ぐことができるんですって!

外へ出るとこうして色んなところで、色んな知恵を授かります。
それを持ち帰って、糧にできるかどうかがワタシのこれからの課題です。


撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)


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2011年11月17日

身曾岐神社

山梨県小淵沢にある、身曾岐(みそぎ)神社へ参拝して来ました。
道の駅『こぶちさわ』から約4kmくらいで、昨日から看板が気になっていたんですけどスルーしようかなって思ってたら、ちょうどその看板が立っている信号で赤になったので(笑) これは参拝しろってことかな〜と(^_^ゞ

なんで気になったのかと言うと、【古神道】って書いてあったんですよ。
よく聞くけど、古神道(こしんとう)って何ぞや?と思って。

古神道 - Wikipediaの解説によると、
1*仏教以前の日本の宗教。原始神道。
2*江戸時代の復古神道の流れを汲み、幕末から明治にかけて成立した神道系新宗教運動。仏教以前の日本の宗教を理想としている。

原始神道・縄文神道ともいい、密教・仏教・道教などの外来宗教の影響を受ける以前の神道のことである。実際のところ、どのようなものだったのかは明らかでない点がほとんどである。


身曾岐神社(1) 身曾岐神社(2)

水祥殿
古神道の教えにある<神は火水(かみ)なり>という思想に基づき、水そのものをご神体として崇めています。
このご神水によって、水祥神事(車のお清め、交通安全祈願)がとり行われています。

身曾岐神社(3) 身曾岐神社(4)

写真(左)ご神木はツゲの木。珍しいです。
写真(右)「がんばろう」とかじゃなく『笑顔日本』という幟がいいですね。

身曾岐神社(5) 身曾岐神社(6)

境内の風景。
だだっぴろ〜くて、シーンとしてて、なんか「はれっ?」という感じで違和感(^_^ゞ
今、調べていて分かったんだけど、違和感の正体は「新しすぎる」ということみたい?

身曾岐神社(8) 身曾岐神社(7)

写真(左)火祥殿
古神道の教え<神は火水(かみ)なり>ということで、火そのものがご神体。
毎月2日、12日、22日の午後2時より、古神道の秘儀『神道霊寶火祥加持(しんとうれいほうかしょうかじ)』が奉修されています。

写真(右)拝殿
こちらの御祭神は、井上正鐵(いのうえまさかね - Wikipediaの解説)というヒト(寛政2年8月4日(1790年9月12日)生 〜 嘉永2年2月18日(1849年3月12日)没)で、古神道の奥義<みそぎ>の行法ならびにお徳をお分けする神社なんだそうです。
白川神祇伯王家から古神道を伝授され、身曾岐神社へと受け継がれているんだそうです。

伯家神道(はっけしんとう)- Wikipediaの解説
白川伯王家(しらかわはくおうけ)- Wikipediaの解説

ん〜、ややこしくなってきたぞ(笑)
つまりは神事とかしきたりとかを知らなければ、パっと見て古神道って分かるものではないのですね。

東京都足立区に、禊教『梅田神明宮』というのがあって、そこも井上正鐵が御祭神になっています。
むしろ井上正鐵のWikipediaの解説には、関連リンクとして梅田神明宮はあるのに身曾岐神社は載ってないです。
うぅ〜ん、調べれば調べるほど、なんだかアヤシくなってきたぞ(^_^;;;

ネット検索してたら、『ゆず』の北川悠仁さんと高島彩さんがココで挙式したんですね。ココでコンサートもやったことがあるらしく、ファンの間では有名な神社みたいです。
でも、ちょっと当ブログでは書けませんけども、新興宗教はいただけない。
神道って、本来は流派とか宗派とかに分ける必要ないものだよね。
わざわざ「神道でござい」って看板たてるもんじゃない気がする。ましてや古神道ならなおさら。

身曾岐神社(9) 身曾岐神社(10)

写真(左)旧社号標『井上神社』
写真(右)ご神水
社務所に申し出ればお水を持ち帰ることができますが、水源が同じということでココではなく手水舎で汲みます。ワタシもいただきました☆

井上正鐵の没後、門徒たちの嘆願によって明治政府によって『井上神社』の建立が許可され、明治12年(1879)、東京の東上野に祀られました。
その後、昭和61年(1986)に、ここへ遷座されるとともに神社号も『身曾岐神社』に改められたそうです。
ちなみに、ココに決めたのは現在の宮司さんなんだそうです。

毎年8月3日には、八ヶ岳薪能が奉納されます。

撮影:Nikon D60


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タグ:神社
posted by しう@SOTO at 23:17 | TrackBack(0) | 山梨

2011年11月18日

やっぱり直接会うっていいね。

モミジ

撮影:ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A)

2011/11/11の光彩 2011/11/17の光彩

撮影:Nikon D60

(左)2011/11/11に見た光彩
この日は3回も光彩現象を見ました!
3回目は彩雲で、虹色の雲がみるみる形が変わって綺麗だったんですがケータイしか持ってなくて(爆)
撮ってはみたものの、真っ白に飛んじゃって虹色でもなんでもなかったです…がっくり。

(右)2011/11/17に見た光彩
運転中、ふと空を見たら光彩が! 信号待ちの瞬間に撮りました。
フロントガラス越しなので色合いがちょっとヘン(^_^ゞ


今日は、元タビビトaiさんと再会しました。熱田神宮で(笑)
名古屋でウチのクルマを停められる場所って思いつかなかったんだもん(^_^ゞ

出逢ったのは2005年ですから、もう6年も前です。なんだかんだで1〜2年おきには会ってるのかな。
ワタシが唯一?先輩風を吹かせられる(笑) ←コラー!
とか言いつつ、aiさんは立派なママになり、人生の先輩なのです。ホントに偉い。脱帽。

今、とつぜん死んじゃったとしても悔いはない、100%の力で生きている。
そんなこと言われたら触発されちゃうでしょうが。
面倒だけど(笑)


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タグ:気象現象
posted by しう@SOTO at 23:59 | TrackBack(0) | 日記

2011年11月19日

熱田神宮

熱田神宮(1) 熱田神宮(4)

本日のお参りは『熱田神宮』です。
熱田神宮 - Wikipediaの解説

“熱田の杜”と称される敷地は何と20万平方メートル!
本宮、別宮の他に8つの摂社と18の末社があり、神宮会館、宝物殿、お茶屋、休憩所、熱田文庫などなど見どころ満載。
この日のメインはaiさんとの語らいだったのでお参りだけしたのですが、また機会があったら1日かけてじっくり廻りたいです。

熱田神宮(3) 熱田神宮(2)

ご祭神は熱田大神(あつたのおおかみ)。
相殿に天照大神(あまてらすおおみかみ)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、宮簀媛命(みやすひめのみこと)、建稲種命(たけいなだねのみこと)を祀っています。
熱田大神とは誰をさすのかというのは判っておらず、熱田神宮のご神体である三種の神器(鏡、剣、勾玉)のひとつ『草薙の剣(天叢雲剣)』のことではないか、とも言われています。

日本神話のあらましって大体は知られていると思っていたのですが、aiさんがまったく知らなかったので(笑)、ちょっと補足。
『草薙の剣(くさなぎのつるぎ)』は、素盞鳴尊が八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した時に蛇の尾から取り出したと言われている伝説の剣です。
剣は素盞鳴尊から天照大神に奉納され、天孫降臨の際に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に手渡されました。
その後は八咫鏡(やたのかがみ)と一緒に皇居に祀られていたんだけど、いろいろあって伊勢神宮に移され、垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)から、東征へ向かう日本武尊(やまとたけるのみこと)に渡されました。

で、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造・乎止与命(おとよのみこと)の娘・宮簀媛命(みやすひめのみこと)と結婚、媛に剣を預けたまま伊吹山の悪神を討伐しに行ったんだけど山の神(白い大猪)によって病になり、伊勢国 能褒野(のぼの)で亡くなってしまいます。
それで宮簀媛は剣を祀るために熱田神宮を建てました。

日本のみならず、世界各国の神話は【伝説】であって、史実か創作かってのは今や確かめようもないんですが、たぶん元になったエピソードというのはあるんでしょうね。

熱田神宮(5)

*オマケ*
敷地内にある茶屋で、『しぐれ茶漬け』(¥550)を食べました♪
池を眺めながら、天気が好かったらテラスでのんびりするのもよさそうでした(*^_^*)


撮影:Nikon D60


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タグ:神社
posted by しう@SOTO at 17:16 | TrackBack(0) | 愛知

2011年11月20日

成長する(?)虹

2011/11/20 虹(1)

美濃国(岐阜県)一の宮『南宮大社』にお参り後、クルマに乗ったところで雨がサーッと降って来た。
おー、ナイスタイミング〜♪とクルマを走らせ大鳥居のある参道にさしかかったところで虹を発見!
ん〜、写真ではまったくわからん!(爆) フロントガラス越しだし。
ちょうど鳥居の真ん中、低い位置ですが山々にかかってます。

2011/11/20 虹(2)

信号待ちの間にズームで撮影☆ これもガラス越し。
水平に近い感じです。(12:30)

2011/11/20 虹(3)

道の駅『池田温泉』に到着し散策していたらまた雨がサーッと降って陽が差して、虹が出た!
さっきよりも盛り上がっております。(13:30)

2011/11/20 虹(4)

のんびり温泉に浸かってクルマに戻り、さ〜出発しようかなぁと運転席に座ったところで空を見たら三たび虹が出てるじゃないですか!
しかも、円がもっと盛り上がってるー(笑)(15:30)

気象光学とかまったく解らないんですけど、太陽の位置はどんどん下がってるハズですよね。
なんで虹のカーブがこうも変わるんだろう?
雲が邪魔して光の届き具合が変わるのかな?
なんにせよ、得した気分でした〜(*^▽^*)

撮影:Nikon D60

ちなみに道の駅めぐりの模様は『全国道の駅情報+SOTO+』ブログにて。
なんだか神社めぐりブログみたいになってますが(笑;) 南宮大社のレポは、また明日…(^_^ゞ


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タグ:気象現象
posted by しう@SOTO at 22:33 | TrackBack(0) | 自然・植物や生き物

美濃国一の宮『南宮大社』

南宮大社(1) 南宮大社(鳥瞰図)

岐阜県不破郡垂井町に鎮座する、美濃国 一の宮『南宮大社』へお参りしました。
南宮大社 - Wikipedia の解説
南宮大社の御神木は白玉椿で、境内をたくさんの椿が取り囲んでいることから『椿大社』とも呼ばれているそうです。

余談ですが、垂井町といえば豊臣秀吉の軍師・竹中半兵衛(竹中重治 - Wikipediaの解説)の出身地としても知られています。

南宮大社(2) 南宮大社(3)

写真(左)お祓い所
写真(右)石輪橋と楼門

ご祭神は金山彦大神(かなやまひこのかみ)なので、戦前までは『仲山金山彦神社』という名称でしたが、「国府の南に位置する宮」という意味で『南宮』大社と改称。

神武天皇の時代に創建と伝えられていますが、慶長5年(1600)関ヶ原の合戦で焼失してしまいました。
その後、寛永19年(1642)三代将軍・徳川家光が再建。
江戸時代の神社建築の代表的な遺構18棟(本殿/幣殿/拝殿などなど)が国の重要文化財に指定されています。

南宮大社(5) 南宮大社(4)

写真(左)拝殿
写真(右)拝殿と高舞殿

今の時季は、どこの神社でも七五三の参拝客で賑わっています(*^_^*)

南宮大社(6) 南宮大社(7)

金山彦大神は鉱山を司り荒金を採る神とされ、鉱業・鍛冶など、金属に関する技工を守護する神様です。
境内には、たくさんのカナモノが奉納されています。

野鍛冶(農具などの鍛冶屋さん)による鍛錬式を再現した『金山祭』(11月8日)には、全国から金属関係者が参拝するそうです。

撮影:Nikon D60


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タグ:神社 一宮
posted by しう@SOTO at 23:15 | TrackBack(0) | 岐阜

2011年11月21日

多賀大社

多賀大社(1) 多賀大社(2)

「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」の俗謡でも知られる『多賀大社』へお参りして来ました。
多賀大社 - Wikipediaの解説

ご祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。
なので、伊勢神宮のご祭神である天照大神(アマテラス)=イザナギ&イザナミの子=お多賀の子、というわけです。
『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とあるのが、多賀大社のことだそうです。

多賀大社(3)

天正16年(1588)、豊臣秀吉が「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母の延命を祈願し、それが成就したとして社殿改修を行うとともに大名に与えるに等しい1万石を寄進しました。
この石造りの太鼓橋(大僧正慈性により寛永15年(1638)造営)は「太閤橋」とも呼ばれています。

多賀大社(5) 多賀大社(4)

今日は朝からぐずついた天気だったのですが、南(多賀大社方面)が明るかったので「きっと着く頃は晴れてるだろう」な〜んて調子に乗ってたのですが、境内に入ったらサーっと雨が…。傘、持ってこなかったよ…。
神馬さんは雨に濡れてもいいからお外に出てみたいと申しております。たぶん。

多賀大社(6) 多賀大社(7)

そんなに長くは降らないだろうと休憩所でボーっと待つ。
休憩所内には奉納されたと思われるたくさんの額や絵、しゃもじなどが飾られていました。
雨が降らなかったら、きっと見逃していたことでしょう。
お隣にはお茶屋さんもありましたよ。新蕎麦もありましたよ。

ちなみに、なぜ『しゃもじ』?

元正天皇の養老年中、帝の病気平癒を祈念して多賀社の神官たちが強飯(こわめし)を炊き、シデの木で作った杓子を添えて献上したところ帝の病が全快したことから、霊験あらたかな無病長寿の縁起物として『お多賀杓子(おたがじゃくし)』というお守りとして杓子(しゃもじ)を授ける慣わしが始まったそうです。
これが「お玉杓子(おたま)」や「おたまじゃくし」の名の由来とされているんだとか!

ちなみに帝の杓子のモトとなった木の枝を地に差したところ根が生え、やがて大木に育ったらしいです。
多賀社より数キロ西にある『飯盛木(いもろ-ぎ)』がそれで、飯盛木には『男飯盛木』と『女飯盛木』の2本があるんですって。今、知った(爆)

多賀大社(8) 多賀大社(9)

10分ほどで雨が止んだので、拝殿へ。
元和元年(1615)に社殿が焼け落ちてしまったそうですが、寛永10年(1633)徳川家光の命による再建が始まり、5年後に完成。昨日訪れた南宮大社も家光の再建ですよ。いやらしい話、かなり投資してますよ。
ところが安永2年(1773)にまたも焼失! 天明2年(1782)にも火災に遭い、寛政3年(1791)には暴風で社殿が倒壊。江戸期の多賀社は災難続きだったそうな…。

多賀大社(紅葉) 多賀大社(お土産屋さん)

表参道から入ってすぐのところにあるモミジの葉の色づき方が、まるで虹色のようではないですか 。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・
参道にはお土産屋さんも数軒あり、またその先まで古き好き町並みが続いています。

多賀社は特に長寿祈願の神として信仰されたそうで、清酒『多賀』にも“延命長寿”って書いてありました。(買っちゃった…)

2011/11/21の虹 2011/11/21の彩雲

*オマケ*今日の虹と彩雲

撮影:左/ケータイカメラ(DoCoMo SH-02A) 右/Nikon D60
   多賀大社の写真はすべてNikon D60


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posted by しう@SOTO at 21:23 | TrackBack(0) | 滋賀